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北海道〈もりかげ商店〉。新天地で作るプリンは懐かしい、故郷の洋菓子店の味

東京を拠点に、通販や卸、月に数回の工房販売で人気を博した〈もりかげ商店〉が、北海道は函館に居を移した。一足先に始まった焼き菓子の製作を追いかけるように、故郷・室蘭の洋菓子店の味を再現したチーズプリンは、地元や北海道内からの素材を使って再構築している。

photo: Keisuke Fukamizu / text: Naoko Ikawa

かつて東京の、駅から遠い町に立つ古い長屋に〈もりかげ商店〉はあった。普段は菓子工房。SNSで不意に「次回の工房販売」が予告されると、かりんとうやレーズンサンドといったおやつと呼びたい菓子が軒先に並ぶ。または時々、通信販売。どちらにせよ瞬く間に完売してしまう、ファントムな焼き菓子屋だ。

ラインナップの一つに“チーズプリン”なる謎めいたプリンがあった。店主・森影里美さんの故郷、北海道・室蘭で過ごした思い出の味を紐解きつつ作った、チーズ?プリン?

「洋菓子も和菓子も両方並んでいるケーキ屋さんで売っていた、プリンじゃなくてチーズプリンです」
お母さんがお店の袋を持って帰れば、末っ子は兄や姉と一緒に「わーい!」と飛びついた。イチゴのショートケーキより何より、森影家不動の1位はチーズプリンだった。

プリンとレアチーズケーキの間(あわい)にある濃厚さ。プリンだけどケーキみたいな特別感。そのうれしさに着地させた、森影さんのチーズプリン。ところが2022年春、〈もりかげ商店〉は焼き菓子やプリンともども東京から消えてしまった。と思ったら、室蘭……ではなく函館にいた。

北海道〈もりかげ商店〉厨房
森影里美さんは、料理とデザインを手がける〈オカズデザイン〉で5年働いた後に独立。

「友人の縁で素晴らしい生産者やお店の方々と出会って、私もここでものづくりをしていきたいなぁと。函館は、海の匂いや夏の乾いた空気感とか、室蘭に似ている気がします」

縁と直感に勢いを借りて電撃移住。一軒家に工房を構え、近隣の友人知人の畑にも足を運びながらお菓子を焼いている。すると新しい環境に触発されて、お菓子にも変化が現れた。あのチーズプリンにしても感じ方が変わり、ただいま再構築中である。

「以前は記憶の味を、私なりにアップデートしたプリンでした。でも函館に来て“懐かしい”感覚が強くなった今は、記憶の方に近づきたい」

東京時代の少しリッチな生クリームも、濃厚さをふわっと軽くするラム酒の一滴も、いらない気がした。材料も絞って、牛乳、卵、クリームチーズ、砂糖、塩。それらがすべて地元産か道内産でまかなえるのだから、なんと恵まれた土地だろう。例えば卵。鶏が健康に暮らせるよう、餌用に米や野菜を無農薬で育てる鶏卵生産者がいる。愛情深いその卵が、ここでは直売所で手に入る。

北海道〈もりかげ商店〉焼き菓子、蒸しパン
粗塩や黒コショウ、ナッツの効かせ方、ザクザクッとした食感などがお酒にも合う焼き菓子、蒸しパンなど通販はセットで販売。

砂糖は上白糖でなくテンサイ糖。これも北海道が一大産地だった。「テンサイ糖には“上がる”甘味、明るく広がる響きがあります」

森影さんの頭の中では、味の感覚が「色」「形」「響き」になって現れるという。港町の冷たい風やピンと張った空気の中で、それらもプリズムのように変化したのだろうか。

今、函館・道南で生まれている、地元に根ざしたフードカルチャー。ワイン、チーズ……テーブル上のあらゆる食が揃う稀有な土地にはさまざまな造り手が集い、その現場に森影さんもまた立っている。新・チーズプリンが完成したら、通信販売でお目にかかれる予定だ。でも予告はきっと不意に違いなく。インスタグラムを見逃さぬよう、室蘭3きょうだいのようにうずうずしながら待つことにしよう。

北海道〈もりかげ商店〉チーズプリン
森影さんのチーズプリン。