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おいしく健康な牛乳は、幸せな牛から生まれる。岩手〈なかほら牧場〉の四季で味が変わるプリン

自然放牧で知られる岩手の〈なかほら牧場〉。ここには健やかな牛乳で作るプリンがある。野山の草を食む牛のミルクを使うことで、四季により味わいが変化するプリンは、“素材から最も近い場所で生まれるカスタード”とも言える。冬の朝、幸せな味が誕生する現場を訪ねた。

photo: Kiichi Fukuda / text: Yoko Fujimori

氷点下に冷え込んだ冬の朝6時。牧場の朝一番の仕事、牛追い作業が始まる。母牛は仔牛たちを気遣いながら、雪で足場の悪い山道をゆっくりと歩み、搾乳小屋へと向かっていく。薄闇に包まれ、聞こえるのは牛の息遣いと凍った大地を削る蹄の音だけ。穏やかで美しい光景だ。

盛岡駅から車で約2時間、岩手の北上山系にある〈なかほら牧場〉は、三十余年前から「山地(やまち)酪農」を貫いてきた牧場だ。牛舎を持たず、牛たちは130ヘクタールもの広大な敷地で自然放牧され、365日・24時間、山林で自由に過ごす。

岩手〈なかほら牧場〉
朝焼けの中、搾乳小屋に向かう母牛たち。約200頭中、ミルクが濃厚なジャージー種が8〜9割を占めるのもこの牧場の特徴だ。

「人にとっておいしく健康な牛乳は、幸せな牛から生まれる」という牧場創設者・中洞正さんの信念のもと、牛たちは標高700〜850の地を移動しながら、野シバや野草、クマザサ、木の葉を食(は)む。輸入穀物が中心の配合飼料は一切与えず、野シバや葉も化学肥料などとは無縁。こうした環境で正真正銘のグラスフェッド(草食)ミルクが育まれる。

草の水分量が多い夏場は脂肪分が低くさっぱりとし、ロール(発酵干し草)を与える冬場は少し濃厚な味わいになるそうで、季節によって味が変化するのも当然のこと。国内乳業メーカーの約9割が行っている「ホモジナイズ」(脂肪球を均質化し、加熱殺菌時の焦げつきを抑える工程)を施さず、低温殺菌・ノンホモジナイズで仕上げ、本来の味わいを大切に守る。

だから〈なかほら牧場〉の牛乳は表面にクリームが浮き、コクがありながらサラサラとした飲み口で、全くクセがない。これこそが“自然のまま”の味なのだ。

岩手〈なかほら牧場〉牧場長・牧原亨
2021年夏、初代・中洞正さんの引退後、現場責任者から2代目牧場長に就任した牧原亨さん。「うちのプリンは素材の良さが命です」

そんな手塩にかけた牛乳を使って作られる牧場特製のプリンがある。2014年頃にレシピが開発されて以来、歴代の牧場スタッフが製造を担当し、現在で4代目。その製造法は実にシンプルで贅沢だ。

自社の牛乳に見合う素材を妥協なく集めた結果、安全な飼料を与えた平飼い飼育による放牧卵と、牛乳の風味を邪魔しないアガベシロップを使用。そして甘さを引き立てる地元産天然塩・のだ塩を少々。材料はこれだけ。シンプルで良質な素材だからこそ、風味の“揺らぎ”も現れる。それを感じ取るのが製造担当の才腕だ。

プリンの製造日以外はスタッフ自身も牛の世話に携わるため、牛乳の日々の状態がよくわかる。例えば前日に牛たちが食べたものを見ていれば牛乳の味わいが予測できるので、甘さの微調整などに役立つと言う。これも単に牛乳を仕入れるのではなく、牛の近くにいるからこそ判断できることだろう。

ほんの1mlの誤差でも焼き上がりに違いが出るからと、プリン液の充填も手作業で行う。そのきめ細かな仕事から、牛への深い愛情が伝わってくる。完成したプリンにはほんのりクリームラインが浮かび、コックリとしたクリーム層と軽く滑らかな口溶けの二重奏が楽しめる。

「健やか」と呼ぶにふさわしい牧場プリンの味わいは、牛乳が工業製品でないことに改めて気づかせてくれる。そして四季の移ろいが表れる、どこか懐かしいおいしさに“カスタードの原点”を思うのだ。

幸せなプリンができるまで

岩手〈なかほら牧場〉のプリン
「ぷりん」500円。ほかにほうじ茶味、チョコレート味も。カラメルがなく牛乳と卵の味わいのみなのも潔い。