作家・村上春樹を再解釈する。展示「What You Talk About When You Talk About Haruki Murakami」が韓国で開催中

ソウル江南区にあるプラットフォームエル・コンテンポラリー・アートセンターで村上春樹の作品を多角的に検証し体験する展覧会が始まった。村上作品の想像力と日常への視点を、猫の目で追体験できるという新しい切り口の展覧会となっている。ハルキの世界へ、いざ。

photo: Siyoung Song / text: Keiko Kamijo / coordination: Jinon Kim(Tokyo Dabansa)

韓国で不動の人気を誇る日本文学。吉本ばななや村上龍、江國香織、奥田英朗、東野圭吾、宮部みゆきといった作家の作品がベストセラーとなっているが、中でも圧倒的な人気を博すのが村上春樹である。

村上作品はほぼ全作品が韓国語に翻訳されており、2017年の『騎士団長殺し』発売の際は発売から3週間で50万部を突破し、2023年の『街とその不確かな壁』は発売後すぐにベストセラーとなった。BTSのリーダーであり読書家のRMが『騎士団長殺し』や『1Q84』からインスピレーションを得ていたことも有名な話。

「소확행(ソファッケン)(小確幸)」。この言葉も村上文学人気から発生した造語だ。これは、「小さくても確かな幸せ」を意味し、流行語にもなった。

ソウル江南区にあるプラットフォームエル・コンテンポラリー・アートセンターは、展示やライブ、レクチャーなど様々な文化体験ができる複合施設だ。この建物の10周年の大型企画として企画されたのが展覧会『What You Talk About When You Talk About Haruki Murakami』である。

韓国の読者にとって、村上作品とは単なる文学作品ではなく、ジャズやクラシック音楽、マラソンという日課など、ライフスタイルに染み込んでいる。本展では、村上作品を対象として、文字を読み想像力を膨らませるような、文学を様々な感覚で体験しながら楽しめる仕掛けがあちこちに潜んでいるようだ。

プラットフォームエル・コンテンポラリー・アートセンター の外観
プラットフォームエル・コンテンポラリー・アートセンターの外観。

村上文学をアートやライフスタイル
様々な観点から多角的に体験する

本展は、早稲田大学国際文学館(村上春樹ライブラリー)が全面協力し、村上春樹の作品はもちろん、レコード等の所蔵する私物が韓国で初めて展示される。さらには、韓国現代美術を代表するカン・エラン、キム・チャンソン、スン・イジ、イ・ウォヌ、ハン・ギョンウという年齢も媒体も様々な5人の作家の作品も展示。各作家が村上文学を通してどんな作品を表現するのかを楽しむとともに、観客自身の内省の機会となる狙いだ。

そして、最後のコーナーでは、ミュージシャンのチャン・ギハ、シェフのチョ・グァンヒョ、ウイスキー・コラムニストのジョン・ボヨン。そして、村上作品のファンによる会「ハルキサロン」を運営し読書会などを積極的に運営し、『하루키를 찾아가는 여행』(ハルキを訪ねる旅、未邦訳)という本を執筆した作家のシン・ソンヒョンまで、様々な分野で活動する9人の物語が美術館に広がる。

文学だけでも美術だけではない。食や酒、音楽といった幅広い分野にわたり、縦横無尽に村上作品を語り尽くすという構成だ。他にも村上が愛するジャズが流れるリスニングルームが設けられており、特別講演等、観客も参加できる多彩な連携プログラムを開催予定。ファンはもちろんのこと、これから村上文学に触れる人たちにも絶好の機会となる内容になっている。

本展を統括したチョン・サンオンは言う。
「今回の展示は、文学作品を“読む”対象から“経験を拡張する”対象にすることに焦点を当てています。展示スペースが大きく2つに分かれており、観客は現実と非現実を行ったり来たりしながら、村上作品の物語と自身の記憶を辿っていくような構成にしています。

それは建物の構造にも関連していて、地下深くに下りていく動線は深淵の世界へ行くような感覚を与えるよう設計されており、暗い空間から一転してカラフルなインスタレーションが示され、現実と非現実の対比効果を楽しめるようになっています」

「村上文学の最大の魅力の一つは、現実と想像の世界が曖昧になること。この展示では、ひとつの大きなストーリーを観客が次々に体験していくような展示構成になっています。

まず、展示空間に入ると、観客の皆さんは壁に貼られた猫の視点のフィクション(物語)を読みながら、村上春樹の作品と人生を追体験していきます。また、あちこちに「幸福のための私的リチュアル」をテーマに、村上の趣味を照らし出し、生活を支えるルーティンや習慣をそれぞれの空間で紹介しています。彼のリチュアルが一個人としての趣味を超え、作業の世界と共鳴し、相互作用する姿を観察できるように企画されました。

現実の世界から次は非現実の世界へと空間は続き、現代美術家によりさらなる想像力を開いていきます。また、韓国の文化人たちが村上氏の作品を通じて得た物語が展示され、観客が自己の記憶の喚起や人生の深さを探求できるような構成になっています」と展示担当のパク・ヘリ。

展覧会のキュレーター
本展のキュレーションを手がけたパク・ヘリさん(左)と、キム・ナリさん(右)。

韓国の現代アート作家が表現する“Haruki Murakami”

現代美術とのコラボレーションも本展ならではの企画だろう。30代~60代と幅広い年齢層、絵画、彫刻、メディアアート等様々な媒体で制作をする作家が、村上作品からインスピレーションを得た作品を展開する。

カン・エランは、知識とイデオロギーの象徴である本を作品の主要な素材とし、情報が伝達され受容される方法に注目するアーティストだ。村上文学の“体験を拡張する”というコンセプトを立てた際に最初に彼女に声を掛けたと今回の展示を企画・統括したキム・ナリはいう。

今回の展示で、それぞれの作家は、小説のテキストの一部を再構成したインスタレーション作品を披露する。例えば、カン・エランの作品「The Towering of Intelligence」は棚に飾られた発光する本にセンサーが取り付けられており、観客が棚の上に本を置くと、テキストは単純に読まれることではなく、多言語の視聴覚的な形で再構成、映像とサウンドで再度組み合わせられ、変形されて大型の本の上に投影される。

「作家として、今の自分を存在させた自分だけのルーティンや人生の原則はありますか?」という質問に対し、カン・エランは村上春樹からの影響を交え、こう答えた。

「『走ることについて語るときに僕の語ること』で村上春樹は走ることを創作の筋肉を鍛える行為に例えます。毎日、一定の距離を走り、体のリズムを保つように、長編小説もまた、日々の繰り返しの中で完成すると伝えています。その人が強調するのは、輝く老人ではなく、止まらずに続く時間の力です。やはりそのような態度に深く共感します。毎日作業をしながら、結果よりも過程を信頼し、完成の瞬間よりも継続的に成長し続ける状態を維持しようと努力してきました。特別なインスピレーションが私をここまで導いてくれたのは、単なる偶然ではなく、繰り返しの結果である持続する時間は、今の自分の場所をつくり上げるように感じられます」カン・エラン(作家のコメントより一部抜粋)

その他、キム・チャンソン、スン・イジ、イ・ウォヌ、ハン・ギョンウという計5人のアーティストがそれぞれの視点で村上作品に向き合う。

村上文学に欠かせない安西水丸のイラストレーション
原画や蒐集品200点を展示

今回の展示は、村上作品には不可欠の安西水丸作品が充実しているのも特徴だ。原画とオブジェのコレクションなど200点余りを展示し、安西の制作過程も紹介する。出版物でしか知らない安西の世界観を生き生きと照らす。

また、村上と安西の関係性を表すテキストを抜粋。安西水丸という視点から、改めて村上春樹の世界と対峙する。韓国でここまで多くの安西の作品が展示されるのは初めての機会となる。村上作品の表紙に使われているイラストの原画を紹介するのはもちろん、安西の作品制作のプロセスと村上との協業のエピソードに迫る展示も見物だ。

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