日本は海外奇人作家本の巣窟。
対抗し得る日本人作家は誰?
柳下毅一郎
内容がインモラルすぎてなかなか出版されなかった本としては、廃棄されたセックスドールが旅に出る『オルガスマシン』(イアン・ワトソン/著 大島豊/訳)というのもあります。
作者であるイアン・ワトソンはかつて日本に住んでいたらしく、日本でセックスドールが流行っているからということで書いたそうですが、イギリスでは性差別的ということで受け入れられなかったという。だから、この小説はイギリス本国ではなく、邦訳版の方が先に出たんですよ。
豊崎由美
なぜか巻頭、巻末にセックスドールのグラビアがある(笑)。
柳下
意味不明ですよね(笑)。日本にいた危険な作家としては、かつて東京外国語大学でロシア語を教えていたウラジーミル・ソローキンもいますね。
豊崎
NHKのロシア語講座にも出ていたとか。ソローキン本人はすごいジェントルマンなんですよね。
柳下
驚くほどイケメンですしね。しかし、書く小説の中身はめちゃくちゃ。『青い脂』は、ドストエフスキーやナボコフといった、ロシアの文豪のクローンがパスティーシュ、つまり彼らの作風を模倣した小説を書くと、青い脂が生産され、それを使うとタイムトラベルができるという話なのですが。
豊崎
ナボコフのパスティーシュは本人が読んだら怒るんじゃないかってくらい秀逸です。
柳下
そうですね。クローンはうまいパスティーシュが書けるまで何回も改良されるんですよ。プラトーノフとかは3号とかで簡単に書けちゃうんですが、ナボコフは難しいらしくて、クローンの号数が多い。
豊崎
そのへんはソローキン自身の作家評にもなっているような気がします。
柳下
そういえば、フルチショフとスターリンがセックスするシーンが出てくるんですが「これは怒られなかったの?」とソローキンに聞いたんですね。そしたら「怒られたよ!スターリンが“受け”なわけがないだろって」(笑)。
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冒頭から作者が創造した中国語とロシア語の混成語や造語、新語が頻出する。
豊崎
ソローキンの作品では『親衛隊士の日』もヒドい。親衛隊のマッチョな連中が、自分の性器を前の人のお尻の穴に入れてムカデのように行進する描写があるんですね。「あのアイデアはすごい」とソローキンに伝えたら、「あれは事実だよ。写真も残っているよ」って(笑)。ロシア人、パねぇ!
柳下
そりゃソローキンみたいな作家も生まれますよ。
豊崎
ソローキンとは作風は全く違いますが、日本の青木淳悟もパないです。『私のいない高校』は、留学生を迎えたある高校のクラスの日常を、担任である藤村先生が綴るっていう話なんですが、これが読んでいて全然楽しくないんですよ(笑)。面白くなりそうな場面もあるんですが、真面目な先生だからスルーしちゃうので、イライラさせられる。「そこを掘り下げろよ!」って。
さらに驚くべきは、この小説には元ネタがあり、しかもその内容をほぼそのまま転用してしまっているというところ。大原敏行という実在の高校教諭が留学生との日々を綴ったノンフィクション『アンネの日記 海外留学生受け入れ日誌』って本なんですが。へたしたら訴訟問題になりかねないそんな小説が三島由紀夫賞を取って、その授賞式に著者である大原先生が来たっていう、怖い本(笑)。
柳下
それはすごい(笑)。青木さんとは似てないとは思いますが、ミシェル・ウエルベックも現実とフィクションの境目がわからなくなる作品を書く人です。『地図と領土』なんて、ウエルベック本人が登場しますからね。ある写真家が写真集を出版するにあたり、ウエルベックに序文を依頼するんですね。
それが縁で2人は友情関係を結ぶんですが、ひょんなことからウエルベックが大変な目に遭うって話です。どんな目に遭うかは、ネタバレになるので詳しくは言えませんが。
あと、この作品はウエルベックがキャンペーン中に連絡がとれなくなって行方不明と騒がれたんですが、その話をウエルベック自身が『ミシェル・ウエルベック誘拐事件』という映画にしています。
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豊崎
ウエルベックは世界の動きに本当に敏感な人。『服従』は2020年のフランスに極右・国民戦線のマリーヌ・ル・ペンを破り、イスラム政権が誕生するって話ですが、実際のフランスもこのままでいくと極右政権が勝つ可能性が出てきていますもんね。
柳下
現実にはイスラム政権みたいな対抗馬がいないですからね。
豊崎
しかも、『服従』が出てすぐにシャルリ・エブド事件が起きてしまった。この人は神様にめっちゃかわいがられているか、めっちゃ嫌われているかのどっちかです(笑)。これ、本当は有名な人が翻訳したらしいですが、怖いから偽名にしているんですって。
柳下
訳者が危険な本だ(笑)。
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『服従』ミシェル・ウエルベック/著 大塚桃/訳 佐藤優/解説
豊崎
危険な作家としては、ロベルト・ボラーニョにも触れなくては。「はらわたリアリズムにぜひとも加わってほしいと誘われた」という唐突でキャッチーな書き出しが、日本のガイブンフリークの心を鷲掴みにした『野生の探偵たち』も捨てがたいですが、ここでは『2666』を紹介します。
特に第4部がすさまじい。作中で起きる連続殺人事件の被害者のプロフィールがこれでもかってくらい描かれるんですが、ここまで立て続けに読まされると無感動になってくるんです。すごい勢いで人の生や死が消費されていくというか。本当に無残。
柳下
死の意味がなくなってくるんですよね。その羅列の仕方は、サドの『ソドムの百二十日』の拷問の記述や、さっきちょっと触れたバラードの『残虐行為展覧会』に似ていますよね。人間性を解体していく感じが。
豊崎
もちろん、ボラーニョは読んだうえで取り入れていると思います。この場面は繊細な人が読むと、鬱っぽくなるらしいです。書かれている死に方がひどいとかではないんですが、すべての死が等価にされてしまうので、自分なんかこの世にいなくてもいいんじゃないかって考えさせられてしまう。
柳下
それでいて、結構スラスラと読めますよね。
豊崎
そうなんですよ。分厚いし2段組みなのでビビっちゃう人も多いかもしれないけど、読みにくくない
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アルチンボルディという謎多き作家を研究する4人の批評家、チリ人の哲学者、ボクシングの取材でメキシコを訪れたジャーナリストと彼が現地で出会う美しい娘など、様々な人物によってアルチンボルディの数奇で宿命的な生涯が重層的にあぶり出される。
海外文学だけじゃない!
コミックにも奇書はある
柳下
コミックの奇書ということでは、僕が訳したんですが、切り裂きジャックについて描かれた『フロム・ヘル』なんかまさにそう。
話としては、「ヴィクトリア女王の孫が娼婦との間に子供を作ってしまい、その事実を抹消するようウィリアム・ガルという医師が密命を受けた」っていう陰謀論に則っています。ロンドンという町を魔術的に立ち上げるという話なんですが、ガルが論議を始めるシーンがあって、その長広舌にみんな挫折する。
豊崎
最後の方の展開も、だいぶ異常ですね。ガルは殺人者なんだけど、ウィリアム・ブレイク的な幻視者としての能力もすさまじいんです。『フロム・ヘル』はとても文字が多いコミックですが、逆に一つも文字がないのがマルク=アントワーヌ・マチューの『3秒』です。サッカー界で起きた八百長スキャンダルの話ですが、リアルにめまいがしそうになる。
柳下
3秒の間に起こった出来事を目や携帯電話のカメラのレンズ、コンパクトミラーなどに映るものだけで描いてしまうんですよね。
豊崎
これは絵にしかできない表現ですよね。一度集中して読んだ時、本当に気持ち悪くなったので、再読したいとは思えないんですけど(笑)。
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