ますますいいね、ナチュラルワイン。
やっぱり最高
スカッと晴れた気持ちのいい昼下がり。絶好のワイン日和、いやワイン談議日和だ。シーンを常に牽引し続ける齊藤輝彦さんと紺野真さんが、久しぶりにグラスを傾けながら語り合った。ワイン愛あふれる2人は相変わらず熱いぞ。
齊藤輝彦
とうとう来ましたか、『ブルータス』が一冊丸ごと、ナチュラルワイン特集をする日が。感慨深いなぁ。
紺野真
かつては、自然派ワインと呼んでいたよね。僕が仕事を始めた頃は、この自然派ワインという言葉を知らなかったんです。修業時代、飲んで好きだなと思うワインはたいてい濁ってて、なぜなのか?と調べてみたら、ナチュラルな造りだと知った。それで意識するようになったら、どうやら、そういうのを「自然派ワイン」と呼ぶらしいぞ、って。
齊藤
その後、呼び名もいろいろ変わって、ビオとかヴァンナチュールとか。若者は略して「ナチュール」とか、最近は「ナチュールワイン」なんていう造語まで。
紺野
店を開いたとき、東京にはすでに、〈祥瑞〉とか〈メリメロ〉とか〈ル・キャバレ〉といった店があって、こういうワインを出していたんですが、恥ずかしながら当時はまったく知らなかった。
齊藤
僕は2006年に恵比寿のワインショップ〈トロワザムール〉に入って、初めてオリヴィエ・クザンのグロロ・ペティアンを飲んでボロ泣きしてしまったんです。ついに宝物に出会ってしまった、と。これは絶対人気が出る。でもまだ、それほど知られてない。早く店をやんなきゃ、もたもたしてたら新しさがなくなるぞって。
紺野
そのうち、勝山晋作さん(自然派ワインを日本で最初期に紹介した人物)が店にやってきて、勉強会をやってるから来ないか?と誘ってくれたんです。
齊藤
勝山さんと交流するようになったら、紺野さんや恵比寿〈ワルツ〉大山恭弘くんらとつないでくれて、仲間が増えた。
紺野
……と話しながらでも、まあちょっと一本開けようよ。
齊藤
開けましょう!
(パコン!と勢いよく抜栓)
齊藤
この開け方は、店をやる前に南フランスのモンペリエで入った食堂のマネ。テラス席が50卓ぐらいあったんだけど、ギャルソンはたった2人。ワインを頼んだら、だーっと早足で取りに行って戻ってきて股に挟んでパコンと開けて、ダンとテーブルに置いて注ぎもしないで、また次のテーブルに走っていくんです。すげーカッコいいと思って、そういう店をやりたいなと(笑)。こういうワイン自体が、そんなふうに注ぎ手をノセる雰囲気を持っていると思うんです。
ワインは造り手の
人間性を表す作品である
齊藤
店を開いた当初、ワイン好きの人は自然派ワインという言葉は知ってましたね。知ってたけど、「ちょっと臭いよね」と、逆風の方が強かった。そんな認知度の低いワインに、どうしたら興味を持ってもらえるか、いろいろ考えました。例えば、味わいのマトリクスとか品種とか産地なんかを紙に書いた小さなPOPを、ボトルの首からぶら下げた。さらに興味がない人の心にも引っかかるよう、「建築でいったら安藤忠雄」「自然派ワインのリーバイス501」みたいなキャッチも添えたりして。でも5〜6年経ってきたら、フェスティヴァン(日本最大級のナチュラルワインイベント)が盛り上がったりして、皆、詳しくなったので外しました。
紺野
そのPOPの話と関係があるんだけど、どうやって付加価値を付けるかが、実は重要。「注ぐ人によって味が変わる」って言うでしょ。味はもちろんおいしいんだけど、そこに価値をつけたら、さらにおいしく飲んでもらえる。だから僕はフランスに行って生産者に会うんです。1人、2人とかファミリーで造ってるから、造り手の人間性が顕著に表れる。
齊藤
そうそう。例えば、すごくいい造り手が彼女と別れたあとの数年、味が不安定になってしまったり、そのあと次の恋がうまくいくと、ここ数年とても安定してきたぞ、とかね(笑)。
紺野
軽さを出すのが難しいエリアで、奧さんの好みに合わせて、なんとか軽やかなワインを造っているとか。そのくらい、プライベートなものなんだよね。注ぎ手は、例えばそんな彼らのホントの姿やストーリーを語ることで、飲んでみたいと思ってもらえる。そして、よりおいしく感じてもらえる。
齊藤
最初は、立ち飲みで、小さいグラスで1杯1000円いただくって大変なことだと思った。だから、それだけの価値があることを一生懸命説明しましたよね。
紺野
ワインに対する愛というか熱量が大事だよね。フランスに行って造り手に会ってその人、そのワインに惚れるわけです。「最高じゃない?このワイン」という気持ちを持って帰って、お客さんに伝える。それが本質だと思ってるから。ある年、天候が悪くて味が落ちたとしても関係ない。応援したいわけだから、あえて注ぐつもりでいる。それくらい、そのワインは個人の作品なんですよ。
齊藤
作品、ホントにそう思う。
ナチュラルワインは
ポップカルチャーだ
齊藤
こういうワインって人気が出るとは思ったけど、あくまでインディーズのシーンでの話だと思ってた。クラシックワインという保守本流に対して、カウンターカルチャーとして生き続けると思ってたんです。
紺野
僕も、そんなカウンター的立ち位置にすごく惹かれてた。
齊藤
それが今は、完全にポップカルチャーになったんだと思う。お酒というくくりを超えてね。今、もはや一大ムーブメントみたいになってるけど、圧倒的に旨いから流行ってるわけです。でも、これはただの流行りものではない。本質なんです。
紺野
造り手も、僕たち注ぎ手も本質は変わっていない。造り手の人間性が出るだけじゃなくて、注ぎ手や店主の世界観が出るから面白い。料理やワインにしか興味がないお客さんだけじゃなくて、カルチャーに興味がある人や音楽好きな人も多いですよね。お店に来ることで、人と人が触れ合って、また新しいカルチャーが生まれていく。僕らの店が、そういう場であってほしい。
革新、進化、変革。
今トレンドは?
紺野
この世界にもトレンドはあって、長期熟成にも耐え得るようなしっかりとしたボディのワインの評価が高かったけど、近年はより軽やかでするする入るワインの人気が高まっている。フランス人は“グルグル”って表現するんだけど、そういうのがもてはやされてますよね。造り手もそれを意識して造る。例えば、南仏は気温が高いから糖度が高い。そうするとアルコール度数が高くてマッチョなワインになりがち。それをトレンドに合わせて、早く収穫したり、赤ワインに白ワインを混ぜて軽くしたり、何でもありのカオスな状況になってる。僕にはそれがちょっと楽しい。でも一方で、テロワールを表現するという意味では、違う方向ともいえる。でも10年したら、それがその場所のスタイルになるかもしれない。
齊藤
ある造り手と話したとき、2ヴィンテージくらい試せば狙い通りのワインが造れると聞いて、器用な醸造家なら、着地点から逆に発想して造れるのか、と思った。それもこの10年くらいの変化ですよ。そして、白ブドウと黒ブドウを混ぜて醸造するのも昨今、時々見ますよね。最初にやった人は革新的。でも、タブーみたいなことをやってるわけだから、衝撃でしたよね。それから、赤ワインの薄旨化。僕も好きなんです、飲み心地がいいし。ただ最近は、濃いワインには濃いワインの良さがあるなあとも思ってます。
紺野
薄旨から1周回って、そろそろ濃くて柔らかいのが好まれるようになるんじゃないかと。
齊藤
もう一つ、10年前にはなかったキーワードを挙げるなら、やっぱり「オレンジワイン」でしょう。昔は茶色いワインとか言っていたけど、すっかり馴染んでますね。濃くてタンニンの強い赤が好みだった人にとって、今はそれがオレンジに置き換わってるのかもしれない。
紺野
最初出てきたときは、インパクトが強くて濃かったけど、今は軽くなったよね。
齊藤
どのワインにしても選んで置いている以上、黙って注いでもおいしいけど、聞かれれば、いくらでもしゃべることがある。そういうネタを隠し持って仕事ができるって、いいなぁと思う。文化的な感じがする。でももちろん、ムリに文化を匂わせなくてもおいしい。そして、お店を出たあと、なんだか体も軽い。ナチュラルワイン、マジ最高だなと思います。
紺野
大いに注ぎましょう(笑)。