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村上春樹の私的読書案内『Where I’m Calling from』

村上春樹が自宅書棚から選んだ、手放すことができない51冊の本。私的な読書案内文と共に。

Photo: Keisuke Fukamizu / Text: Haruki Murakami

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『Where I’m Calling from』
(限定版サイン入り特装版)

最初のページにカーヴァーの署名が入っている。謙虚で遠慮がちな字だ。

故レイモンド・カーヴァーの書いた著作のほぼすべてを翻訳した。これは僕にとってもとても大事な意味を持つ仕事だったし、やりとげられて本当によかったと思う。

最初に訳したカーヴァーの小説は『足もとに流れる深い川(So Much Water So Close to Home)』という短編小説だった。そのあと何冊か短編集を翻訳し、ワシントン州ポート・オリンピアにあるカーヴァーの自宅を訪れて話をする機会を得た。1983年のことだ。

この本は「署名入り限定初版本協会」のメンバーのために特別に出版された本で、最初のページにカーヴァーの署名が入っている。僕はカーヴァーからこれをもらったのだが、それからほどなく、彼は癌との闘病の末に亡くなってしまった。まだ50歳という若さだった。

大柄な人だったが、サインの字はとても小さい。まるで小さな箱に無理に押し込められたような、謙虚で遠慮がちな字だ。そんなところがいかにもカーヴァーらしい。

『Where I’m Calling from』Raymond Carver/著

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