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村上春樹の私的読書案内『世界文学全集 Ⅲ-17』

村上春樹が自宅書棚から選んだ、手放すことができない51冊の本。私的な読書案内文と共に。

photo: Keisuke Fukamizu / text: Haruki Murakami

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『世界文学全集 Ⅲ-17』
(ギュンター・アイヒ「ヴィテルボの娘たち」収載)

アイヒのラジオ劇はずいぶん質が高い

1965年出版の河出書房・世界文学全集の一冊。『三文オペラ』を中心とするブレヒトの戯曲が表看板になっているが、ギュンター・アイヒ(1907-1972)のラジオ・ドラマが、おまけのように3作収められているのがめっけものだ。

アイヒは数冊の詩集と、2冊のラジオ・ドラマ集を出しただけの、今ではほとんど忘れられた作家だ。しかしこれらのラジオ劇はずいぶん質が高い。とくに僕が気に入っているのは、1943年、第二次大戦中のベルリン、とある隠れ家に身を潜めているユダヤ人の老人と孫娘、その2人が中心になって話が進められる『ヴィテルボの娘たち』だ。

2人は明日をも知れぬ、絶望的な環境の中で身を寄せ合って生きている。いつナチの兵士たちが踏み込んできてもおかしくない状況だ。そんな中で、老人は語り始める。遠足の途中、ローマのカタコンベで迷子になってしまったヴィテルボの少女たちの話を。そして2人はその話をどんどん自由に膨らませていく。どちらがより現実なのか、わからなくなってしまうまで。これ、胸を打たれる話です。

『世界文学全集 Ⅲ-17』杉山誠、岩淵達治、手塚富雄、浅井真男/訳

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