葉山嘉樹『セメント樽の中の手紙』
妻の腹へ向ける視線に、絶望が滲み出る
今まで読んだことのなかったのが葉山嘉樹の作品。小林多喜二の『蟹工船』などで有名な、主に労働者の直面する過酷な現実やその辛さを題材とするプロレタリア文学のはしりの作家です。
寡作な中でもいくつか読んだ中でグッときたのが本作。ダム建設労働者の男が、仕事中にセメント樽の中からある女工からの手紙を見つけるという筋書きです。その中身をものすごく簡単に言えば、「私の恋人が石の粉砕器に落ちてセメントになってしまった」っていう悲痛な話。
その内容の奇抜さにもギョッとするんですが、手紙を読む男の視点に戻った最後の場面の末尾に来る“彼は、細君の大きな腹の中に七人目の子供を見た。”の一文がめちゃくちゃいいんですよね。すでに彼には6人の子供がいて、妻はさらにもう1人身ごもっている。
彼の感情が描写されることはありませんが、過酷な現実の中で人が死んだ事実と新たな命が生まれる事実の対比から、絶望感が滲(にじ)み出ているところが好きでした。
僕は芸人として割と日々楽しく仕事をしていて、正直労働の辛さを感じることはあまりないんですが、唯一あるとしたら、避けたいけど避けられない会食や飲み会の場。偉い人がボケたら、つまらないけど一応ツッコんでみて、「君も芸人だねぇ」なんて言われて。本来の労働よりもよっぽど“労働”を感じる、しんどい時間です。