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ラランド・ニシダの愛すべき純文学:太宰治『みみずく通信』

ラランド・ニシダがおすすめの純文学を紹介していく連載。前回の「坂口安吾『暗い青春』」を読む

edit & text: Emi Fukushima

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太宰治『みみずく通信』

太宰治1

太宰治著。書簡体で綴る、新潟高校を訪れた記録。『太宰治全集4』に収録。ちくま文庫/1,045円。

渾身の比喩が表す、作家のサービス精神

最近自分でエッセイを書く機会が多く、何かヒントを得ようといろんな作品を読み直しています。本作もその一つ。太宰治が、講演のために旧制新潟高等学校を訪れた際のエピソードを、友人への手紙の体裁で綴っています。

一般的には暗いイメージの太宰ですが、本作には彼のサービス精神の旺盛さが滲(にじ)み出ています。それを象徴するのが、講演後、連れ立って海に行った高校生たちに向けて、夕日には“疲れた魚の匂いがあるね”と放つ場面。

作家がなにげない会話の中にこんなにも芸術的な比喩を入れるなんて、芸人が渾身のボケを盛り込むようなもの。さして太宰を信奉しているわけでもない高校生たちに向けて、急に“作家っぽさ”を出す不可思議な気配りがたまらなく好きでした。

一方、エッセイを書くうえで反面教師にしたいなと思ったのが、高校生たちと別れた後に、立ち寄った先で“あなた、剣道の先生でしょう?”と声をかけられた唐突な一幕。僕には、オチをつけたかったがために盛り込んだ噓にしか思えず(笑)、やっぱり噓はバレるから気をつけようと勝手に嚙み締めています。

僕自身がエッセイを書く時に悩むのは、何を題材にするか。本作は劇的な出来事が起こるわけではなくて、エピソード自体はささやかです。なのに文章のうまさで制するところは流石ですね。宝井其角(たからいきかく)の俳句を謎に引用して締める企画力は、圧巻です。

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