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ラランド・ニシダの愛すべき純文学:小川洋子『博士の愛した数式』

ラランド・ニシダがおすすめの純文学を紹介していく連載。前回の「芥川龍之介『魔術』」を読む

edit & text: Emi Fukushima

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小川洋子『博士の愛した数式』

小川洋子『博士の愛した数式』
小川洋子著。記憶が80分しかもたない博士と、家政婦とその息子との交流を描く。新潮文庫/693円。

いつか手にしたい、博士のような一貫性

今年、プロ野球で18年ぶりに阪神タイガースが優勝したことを機に思い出したのが本作。この作品の博士は、無類の阪神ファンだったな、と中学生ぶりに読み返しました。家政婦の「私」は、ある事故をきっかけに記憶を80分しか保つことができなくなった元数学者の博士の世話をすることになります。

当初は数学を偏愛する博士に困惑するも、次第に心を通わせていく筋書きです。互いに打ち解けるきっかけになったのが、「私」に息子がいることを知った博士が彼を家に迎え入れるシーン。博士は彼を頭が平らだからと「ルート」と名づけます。それが理由ならもうちょっとほかにいいあだ名があるのではとも思わされますが、一貫して数学を愛する博士のブレなさがいいなと。

そして、過去の記憶も残った障害も、作中描かれるのは断片的に見れば悲しい出来事です。にもかかわらず、全体を通して温かく幸せなムードが漂っている。そこに惹きつけられますね。

ちなみに僕が仮に80分しか記憶がもたなくなっても、博士のように穏やかには生きられないでしょう。彼の平静さは、数学者として数式という普遍的なものを拠りどころにしているからこそ。僕には何もないので、芸人にしがみついたまま、新鮮な感じで使い古されたネタを繰り返すつまらないやつとして次第に淘汰されていくでしょう。僕も何かを見つけたいものです。

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