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ラランド・ニシダの愛すべき純文学:岡本かの子『鮨』

ラランド・ニシダがおすすめの純文学を紹介していく連載。前回の「太宰治『困惑の弁』」を読む。

edit&text: Emi Fukushima

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岡本かの子『

岡本かの子著。鮨屋の娘と常連のささやかな交流。『岡本かの子全集5』収録。ちくま文庫/1,014円。

一瞬深くなっては遠ざかるのが、人間関係だ

僕は節目節目で、そこまで積み上げてきた人間関係をリセットする癖があります。大学生の頃、毎日つるんでいた後輩も、今はどこで何をしているやら。本作の主人公である鮨屋の娘ともよと、ある常連客の湊も、一時的に深い話をして心を通わせたかと思えば、最後には互いに気にも留めない関係に。人間ってそういうもんだよな、と妙なリアルさを感じて共感してしまいました。

彼らが交わした話とは、湊がなぜさして好きでもない鮨屋に通うのか。食べることを拒んでいた子供時代、母が目の前で握ってくれた歪な鮨をきっかけに食事ができるようになった。それゆえ鮨を食べることは慰みになる、と湊は語るのですが、その文章が美しくて。イカの質感を“象牙のような滑らかさ”と描写するなどひねりの効いた譬えにグッときます。

ちなみに湊にとっての鮨のような存在は、僕にとっては渋谷の喫茶店〈珈琲店トップ〉のコッドローというホットサンド。タラコをマヨネーズで和えたような具が入っていて、正直言うと特別おいしいわけでもないんですが(笑)、たばこを吸い始めた頃によく先輩が連れていってくれたことから妙に思い入れがあって。最近訳あって禁煙せざるを得なくなった僕は、慰みに食べに行きたいんですが、食べると吸いたくなるジレンマに苛まれていて、やっぱり泣く泣く我慢しています。

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