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ラランド・ニシダの愛すべき純文学:田中慎弥『実験』

ラランド・ニシダがおすすめの純文学を紹介していく連載。前回の「志賀直哉『和解』」を読む

edit&text: Emi Fukuhima

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田中慎弥『実験』

田中慎弥『実験』

田中慎弥の小説。新作が書けない小説家が、旧友に不穏な「実験」を仕掛ける。新潮文庫/473円。

劇的なものを求める主人公を、反面教師に。

僕は、いかにも清廉潔白な人を見ると、意図して鼻につくところを探してしまいます。でも本作の主人公・下村の視点のいやらしさには敵いません。小説家である彼が、疎遠になっていた引きこもりの幼馴染み・春男の実家を訪れ、再び交流を持つことから物語は展開するんですが、描写の端々に性格の悪さが漏れ出ているんですよね。

例えば、腫れ物に触るように春男を気遣う母親の視線を“息子の表情を読み取るために鍛えられた”と表現したり、所在なげに場の空気を窺う母親を“ゼリーを食べ続けることだけで存在理由を獲得していた”と表現したり。直接的に罵倒するわけではなく、シンプルに人の嫌なところを見ている。その人間くささにグッときてしまいます。

そして物語の中盤、筆が進まず追い込まれた下村は、一度は自殺未遂までした春男に対して、良心のを呑み込み、あの手この手で揺さぶりをかけて小説のネタにしようと試みます。

この展開に、街ブラロケに行くたび「何か面白いことをしなければ」と焦り、ほんの少し“ヤバそうな人”に声をかけてしまう自分を重ねました。下村も僕も、才能や実力のなさゆえに、一発逆転を狙えそうな劇的な何かに頼っているだけ。

追い込まれて、変な方向に勇気を出してもロクなことはありません。自力でロケを面白くできるよう鍛錬しよう、と教訓を得ました(苦笑)。

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