京都には、特別な体験ができる場所がたくさんある。酒場もその一つで、旅の目的になる老舗の名居酒屋もあれば、京都人でも羨むプラチナシートという人気店もある。だからこそローカルから愛される店に足を運び、普段着の京都に触れることは、より貴重な時間になるはずだ。そこで注目したいのは、2022年以降に登場した新しい顔ぶれ。コロナ禍を経て、店主が自分の大切にしたいことをじっくり考え開いた店々は、ちゃんと筋が通っている。個性豊かに肩肘張らず飾らず。けれど魅力溢れる料理と酒、そして店主たちが待っている。
飲み居酒屋&ワインで、すぐそこの未来の名店
2022年、河原町丸太町の路地に登場した〈サンバディ〉は14時からの開店と同時に満席になる日も珍しくない。店主は京都の人気酒場を切り盛りしてきた脇坂良介さん・理佳さん夫妻。京都はもちろん大阪へもしばしば足を延ばし、酒場巡りを楽しんできた2人は自分たちの理想を詰め込んだ店を作り上げたという。

「起きるのが遅くなった休日はランチを逃すこともしばしば。そんな時に行ける店があったら」と、昼下がりの開店を決めたと良介さん。「いくら人気になっても、前もって予約するんじゃなくて、ふらっと行きたいのが酒場」という思いは、ぎっしり満席になるまで予約を取らないことで、タイミングがよければふらりと入れる余地を残した。
いくらいい店であっても入れなければ意味がないけれど、人気と入店の困難さは比例するもの。そんな常識を覆してくれる心意気がいい。料理は注文が入ってから包むしゅうまいや、良介さんの母の味・ケイコのテール煮込み、季節の野菜や鮮魚など、家庭料理をベースにひねりを加えた酒を進ませるもの揃い。
日本酒もナチュラルワインもサワーも、オールマイティに揃える酒の中でも推しは生ビールだという。カウンターのオープンキッチンで夫妻がそれぞれ手際よく料理や酒を用意する様子は、ライブ感たっぷり。「家に友人を招いた気持ちでもてなします」という思いが、食べて飲むこと以上に、心に満足をもたらしてくれるのだ。
すっかりナチュラルワインが選択肢の一つになった京都。中でもワインラバーにこそ足を運んでほしいのが〈エプロン〉だ。その時々で12〜13種ほどが開くグラスワインは、今では手に入りにくい稀少なものが交じることも珍しくない。
案内してくれる店主・松浦優喜さんのアテンドは丁寧かつ巧み。言葉の端々にそれぞれの一本への愛情が伝わってきて、すべて飲んでみたくなる。松浦さんがナチュラルワインに出会ったのは、レストランでソムリエをしていた15年ほど前。
「イタリアのヴォドピーヴェッツを飲んで、これまでのワインとは全然違うと。その一日が忘れられません」と振り返る。何が心に響いたのか。「ワインに人が造っている背景を感じられること。音楽や映画と同じ感覚で、個人の作品感が強いのです」。
以来、いつか独立をと買い求めてきたワインはセラールーム2つにもなる。「稀少なワインほど多くの人に味わってほしい」と惜しげもなくグラスで提供するのもワインへの愛情ゆえ。「一口飲んで旨味を感じるより、いつの間にか満たされているような滋味深いもの」が好みだという。
ともに供される料理は野菜を使った瑞々しいものが中心。どこまでもワインに優しく寄り添う料理と店主である。今の京都の空気感を伝える酒場は、はしごでも楽しめる自由さもいい。早晩どこも観光客が押し寄せるに違いない。いち早く足を運びたい。
