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村上春樹作品と私:〈beautiful people〉デザイナー・熊切秀典が『風の歌を聴け』を再読

本を再読することは、新しい気づきを与え、人生の変化を感じさせてくれる素晴らしい体験だ。村上作品とともに歩んできた〈beautiful people〉デザイナー・熊切秀典さんが、大切な一冊を読み直して感じたこととは?

Text: Rio Hirai

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読み返すたび、自分の現在地点を教えてくれる

beautiful people〉を立ち上げたときのコンセプトボードに『風の歌を聴け』の一文を掲げたくらい、僕にとっては重要な作品です。

出会いは、中学時代。母親が熱心なファンで村上さんの初版本を集めていたんです。僕にとっては読書体験自体がほぼ初めてだから、どう読んでいいかも、描かれている主人公たちの感覚もよくわからなかった。ただ作品の舞台が夏休みなので、「大人は楽しそうだな」と心に引っかかっていたのかもしれません。

主人公と同年代の文化服装学院在学中に読み返したときは、進むべき道に迷っていた時期で、「まだ何者にもなっていない自分」の輪郭を強く意識しました。読書を通じてそんな体験をしたのが初めてで、それから「この物語に“何が”描かれているのだろう」とより注意深く読むようになったんです。

2021年秋冬シーズンにまた『風の歌を聴け』に立ち返って、服作りに向き合ってみたんです。作中に「夜中の3時に目が覚めて、腹ペコだとする。冷蔵庫を開けても何も無い。どうすればいい?」という台詞があって、それに対する自分なりの「答え」のようなものを目指してきた部分があったのですが、今回はついにその“相反する状況を満たす”作品を作れたと確信できた。達成感を得て一瞬燃え尽きるかとも思いました。

でも今回再読したことでまた新しいテーマと出会ったのです。「ずっと先に、何年か何十年か先に、救済された自分を発見することができるかもしれない、と。そしてその時、象は平原に還り僕はより美しい言葉で世界を語り始めるだろう」という一文を読み、時を経て救済されたとも言える今の自分の心境と、「より美しい言葉で語り始める」という未来への視点が重なる気がして、この言葉を胸にこれからを歩んでいこうと思えた。

読むたびに「自分の現在地点」を教えてくれる。そして、絶えず次のテーマが提示される。僕にとってはずっとそんな本です。

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