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写真家・川島小鳥の道のりは、常に本とともに。個展を前に岐路にあった本を振り返る

佐渡島で暮らす3歳の女の子を撮り下ろした『未来ちゃん』や、台湾の人々を追った写真集『明星』など。人物とその周辺にある風景を、瑞々しく切り撮った作品で知られる、写真家の川島小鳥さん。カメラを手にしてから四半世紀、この春、自身のこれまでの作品を俯瞰する展覧会を開催する川島さんに、写真との出会い、そこにあった本のことを語ってもらった。

photo: Kazuho Maruo / text: Asuka Ochi

“ここでない世界”に憧れていた

学生時代から“ここでない世界”に触れるのが好きだったという。中学時代は学校の図書室で、高校時代はレンタルビデオ店で、端から端までジャンルレスに、漁るように映画を観た。

「現実の世界にうまく馴染めていなかったんですよね。だから、映画に逃げていたというか。世の中はギャルブームでしたけど、自分は学校の図書室で、暗くなるまで映画の世界に浸っていた。昔のフランス映画の中にいるような気分になりたくて、ヌーベルバーグや名画座の作品を追いかけて、あんな時代に生まれたかったと思っていました」

世の中に写真家という職業の人たちがいると知ったのも、その頃だった。90年代、デジタル化の時代を前に、ガーリーフォトブームが巻き起こった時代。その頃に手にして写真の原体験となったのが、HIROMIXの『girls blue』だった。

「それまで写真の面白さというのを全くわかっていなくて、写真って南の島のような素敵な風景を撮るものだと思っていたんですが、パーソナルな世界をこんなふうにポップに、ストレートに表現できるのだと知った。ページをめくる体験も込みで、写真表現というものに衝撃を受けました」

それから興味本位で始めた写真だったが、大学に入る頃には映画よりも写真にのめり込んでいた。就職活動もせず、ひたすら写真を撮っていたという。

「大学時代、最初に出した写真集『BABY BABY』の被写体になった女の子と仲良くなって、その子が“小鳥が好きそう”と貸してくれたのが、大島弓子さんの漫画。それまで少女漫画は読んだことがなかったのですが、読んでみたらすごく面白くて。事件など特別な題材になるような出来事でなく、内的な葛藤などの心象世界を作品にしている。当時の自分だけが感じているものなのかなと思うような些細な悩みに、主人公たちが真摯に向き合っていた。そして最後はそれを振り切って乗り越えていく。大島さんはハッピーエンドの女王と呼ばれていますが、それも自分っぽいなと」

そして大学を卒業し、気づけばフリーターになっていたという川島さんを奮い起こしたのが、写真屋でのバイト中に読んだ橋本治の桃尻娘シリーズ。女子高生の主人公を中心に男女4人が30歳になるまでを描いている。

「男の子2人が主人公の第4巻では、魅力的だった子がそうではなくなってしまって、奮起して頑張る話があるんです。当時、何もできていなかった僕は、それをすごくリアルに感じてしまって。僕も撮り溜めた写真を頑張って形にしなきゃと、写真をコピーして手作りの本を作って出版社を回ったんです」

それまで誰にも見せたことがなかったという写真をまとめて、初写真集の前身となる『BABY BABY』のカラーコピー版を作った。それが、川島小鳥の写真家としての第一歩となった。

川島小鳥
川島小鳥さん。「友人のアーティストtejiさんにもらってお守りのように飾っている」という人形も一緒に。

書棚には若手の作品も

写真家になってからは、若手の作品に刺激を受けることも多いという。トヤマタクロウや石田真澄の写真集もその一つだ。

「トヤマくんの写真って、制作過程が僕と正反対なんです。僕はテーマというより、感覚だったり雰囲気で撮ってしまうんですが、トヤマくんは意図を持って編集したり、撮影したりする。それに僕は、展覧会で見せたい写真を全部、展示したいと思うんですけど、トヤマくんの個展に行ったら、展示写真と空間についてすごく考え抜かれて厳選されていて。そういうのがすごく興味深いんです」

石田真澄が高校時代に撮った『light years −光年−』でも、自分との“違い”に惹かれる。

「人を撮る時に、人というよりも、そこにある光に反応して撮っているって真澄ちゃんが言っていました。光年というタイトルで光を撮りながらも、僕は光とともに影も感じる。そして、トヤマくんもそうですが、その存在そのものにいつも励まされています。表現の形がどういうものでも、その人の素直さが出ている写真が好きなんです」

写真集以外にも、新しい作品が出ると必ず読んでいるというのが、少年アヤのエッセイだ。

「大島弓子さんもそうですが、あの時こう感じたという、ちょっとした心の機微みたいなものを言葉にできるのは、すごい才能だと思います。本が写真に影響するところもあるかもしれないですね。直接というよりも、本を読んで感じる、例えば、なんかキュンとするな、とかいう感じがどんどんストックされていくというか。そういう言葉にできない感情を、写真で表現できればいいなと思っています」

最近では、被写体として撮っていた台湾の若手女優・ヤオ・アイニン(ピピヤオ)の写真集。届いたのは2021年のこと。

「写真とともに、パーソナルな言葉で正直に、彼女の内面にあるものが描かれていて、すごく感動したんです。写真って何だろうといつも思うんですけど、この本は繊細で、本当にピピちゃんそのものだなって。これもまた真澄ちゃんの写真集と同じように励まされたというか。傷つきやすく、優しい天使のようなピピちゃんみたいに、自分も正直になりたいなと思いました」

一言ずつ、丁寧に言葉を紡ぎながら、大切な本との出会いを話してくれた川島さん。その人生の折々に本があったからこそ、今の川島さんがここにいる。

「本は友達みたいな存在ですね。少年アヤさんだって、ご本人に会ったら緊張して話せないかもしれないけど、読んでいると自分がアヤさんなんじゃないかとすら思える。直接話すのでなく、もっと別の場所でつながれる手段というか。だから僕も、写真集を作る時はそういう気持ちで、誰か一人に向けて作りたい。すごく昔の本も目の前にある現実として読めるし、本は時空も超えるじゃないですか」

HIROMIXの『girls blue』
本の糊が剥がれるまで読み込まれたHIROMIXの『girls blue』を手に。

川島小鳥さんが選んだ7冊

川島小鳥さんが選んだ7冊

①『girls blue』HIROMIX/著
1996年発表、17歳から撮った3万枚の中からセレクトした著者の初写真集。これを撮影したコニカのコンパクトカメラ「BiG mini」がブームに。ロッキング・オン/品切れ。

②『全て緑になる日まで』大島弓子/著
レージデージ石油会社の令嬢の政略結婚をテーマに、交錯する人間関係を描いた恋愛漫画。1976年『別冊少女コミック』に掲載。現行版は白泉社文庫から。朝日ソノラマ/品切れ。

③『無花果少年と瓜売小僧』橋本治/著
映像化もされた人気青春小説、桃尻娘シリーズの第4部。無花果少年・磯村くんと瓜売小僧・木川田くんが同居することに。現行版は講談社文庫から。河出書房新社/品切れ。

➃『light years −光年−』石田真澄/著
中高一貫の女子校で過ごした友人たちとの、濃密な日々の終わりにカメラを向けた一冊。いつか終わってしまう刹那というものの輝きを感じる写真集。TISSUE PAPERS/4,400円。

⑤『DEVENIR』トヤマタクロウ/著
2020年から21年に撮った作品、約500点を収録。作者の知覚の変化や思考の変遷を「PORTRAIT」「OBJECT」など全7編のシリーズで俯瞰する。Fu−10 LLC./8,030円。

➅『ぼくをくるむ人生から、にげないでみた1年の記録』少年アヤ/著
ままならなかった人との関係や、自分を大切にできない生き方を改めて、人生を再生しようとする著者による小説的エッセイ。世界への叫びが綴られる。双葉社/1,760円。

⑦『みつめ』ヤオ・アイニン(ピピヤオ)/著
台湾の若手女優による初写真集。10年にわたって撮影された日記的なフォトスナップと詩情のある言葉で、彼女の純粋な思いや考えが綴られている。MOON EDITIONS/5,500円。