「何か間違っている」と思い悩む人間が、資本主義をその先へ導く

(1)『資本主義の終焉』デヴィッド・ハーヴェイ/著 大屋定晴、中村好孝ほか/訳
「使用価値と交換価値」「労働の価値と貨幣」「私的所有と国家」など、資本主義を突き動かす資本の17の矛盾を舌鋒鋭い筆致で解き明かし、問題を打開するの道を指し示す。作品社/3,080円。
(2)『ポスト資本主義の欲望』マーク・フィッシャー/著 マット・コフーン/編 大橋完太郎/訳
『資本主義リアリズム』の著者・フィッシャーが、自殺直前まで行っていたロンドン大学での講義録。ポップカルチャーや現代思想を通して探られるポスト資本主義の可能性。左右社/2,970円。
(3)『消費ミニマリズムの倫理と脱資本主義の精神』橋本努/著
タイトルにある「消費ミニマリズム」とは、大量生産・大量消費に背を向け、最低限のモノで暮らすライフスタイルのこと。著者はその中に、圧倒的な支配力を持つ資本主義の「魔法」から抜け出すための「脱資本主義の精神」を見出す。筑摩選書/1,980円。
現在の世界を覆っている資本主義は、環境問題や労働問題をはじめ多くの危機にさらされています。この場合の資本主義とは市場だけでなく、社会や経済の総体を指す用語ですが、とにかくこのままでは立ち行かなくなりそうです。
だから、変わっていくし、変えていかなきゃいけない。ポスト資本主義とはその先に現れる何かの名前であり、以下の3冊はそこへ至るための道筋を示しています。
例えば、デヴィッド・ハーヴェイの(1)は、資本主義は環境問題を含むあらゆる危機を乗り越えてきたと指摘します。たしかに、SDGsで多額の金が動いていることからも、それは明らかでしょう。では何が資本主義を本当の危機に陥れるのか。人間が疎外されること、つまり、人間のあるべき姿が資本主義に奪われたと感じることによって、そして、それを取り返すんだと組織された運動によってだと彼は結論づけます。
(2)のマーク・フィッシャーも、ハーヴェイと似たところがあります。フィッシャーの場合、疎外ではなく欲望という用語を使うのですが、反資本主義的な欲望によって駆動された70年代のカウンターカルチャーの分析などを通して、その欲望こそが資本主義のオルタナティブへと導くのだと考えようとしたからです。つまりこの2人は、経済政策などではなく、「資本主義は何かが間違っている」と思い悩む人間に期待をかけているわけです。
また、(3)では、ミニマリズムというライフスタイルによって、資本主義から降りる道が紹介されています。日本を含む先進国でも、資本主義と距離を置いた生き方が可能である。そのことを示した有益な一冊です。
これらの本を読むことは、単なるお勉強にはとどまらず、自分のこれからの生き方に再考を迫ると思います。少なくとも、もし現状に不満を持っているなら、これらの本がもたらしてくれる知識や見方は役に立つはずです。
もちろん、その不満のすべてが資本主義のせいとは残念ながら言えません。しかし、どこかで関わっていると気づかせてくれるのです。