料理人の性格を表す
ナイフと保存容器。
原川慎一郎(右)
出張料理をするとき、現場にある調理器具を使うのが基本ですが、必ず持参するのが〈オピネル〉のペティナイフ。フランス修業時代にオーナーシェフが使っていたのをきっかけに購入しました。
熊野亘(中央)
フレンチのシェフがペティナイフを器用に使っている姿をドキュメンタリー番組で見て感動し、購入したのがドイツの〈ヴォストフ〉のもの。持ち手が樹脂でそれほど高価ではないけれど、切れ味がまったく衰えません。
内田鋼一(左)
ジャーマンスチールは昔から堅牢性に定評がありますよね。僕は〈シュミッドブラザーズ〉の三徳包丁で、柄がチークのものを持っています。
熊野
(厨房に置いてあるビクトリノックスのナイフを指差しながら)この細長いナイフは魚用ですか?
原川
魚はもちろんですが、刃先が細くて軽量なので、骨付き肉をさばくときにも使い勝手が良いです。ペティナイフとこのフィレナイフで、大抵の調理ができます。
内田
自宅にあるのは、多目的に使える三徳包丁オンリーだな。〈シュミッドブラザーズ〉のほかに、〈有次〉も使っています。
熊野
〈ヨシタ手工業デザイン室〉のピーラーも好きです。代表の吉田守孝さんは、柳宗理さんに師事されていた方で、キッチンツールをはじめとした日用品のデザインをさまざまに手がけられています。
手馴染みが良くて、機能的。ねじをドライバーで外せば、分解して隅々まで洗うことができるので、衛生的に使い続けられるのが良い。同じデザインの千切りピーラーは、きんぴらやシリシリを作るときに活用しています。
原川
分解できるものといったら、新潟県三条市の〈鳥部製作所〉のキッチンバサミ。刃を一定の角度まで開かないと分離しない安全設計。さらに接合部まできれいに洗浄できるので、常に清潔を保てます。
熊野
みなさん、まな板はどうでしょう?僕は家具の製造で余ったアッシュの端材を適当な大きさに切って使っているんですが。
原川
僕も市販のものは使っておらず、端材がほとんどですね。
内田
昔は大きいサイズを好んでいましたが、最近はテーブルにそのまま出すことを考えて、小ぶりのものが多いかな。〈東屋〉のカッティングボードはデザインも豊富で、使い分けられるのが良いです。
それから、お気に入りの道具として、金森正起さんが作ったホウロウボウルがあるんですが、お2人はボウルや保存容器にこだわりはありますか?
熊野
定番ですが、柳宗理さんがデザインしたボウルはずっと使っています。一番大きな27㎝は、ほかのサイズに比べて開きが緩やかで懐も深いので、作業がしやすい。スポンジケーキの生地だけを購入し、このボウルで生クリームをホイップしてのせて食べるのが好きです。
原川
うちで使っているボウルやザルは、すべて業務用ですね。使用頻度が高く、数も必要なので、とにかく丈夫で安いものを選んでしまう。
熊野
あと、〈無印良品〉のホウロウ保存容器はスタッキングがしやすくていいですね。自家製のトマトソースを入れておいても色移りしないし、直火にかけて調理することもできます。
原川
厨房で使っているのは、角形のステンレスポット。一時的に食材を入れておくことが多いので蓋はなく、ラップをかけて置いてあります。一方で、調味料はドイツの〈ウェック〉のガラス容器に入れています。専用のゴムパッキンと留め金を使えば、完全に密閉することもできますからね。
内田
熊野
実は、最近蒸し料理にはまっていて、せいろになんでも入れて調理しているんです。
原川
蒸気での加熱は、食材の栄養分が残り、味もぎゅっと凝縮されていいですよね。僕もせいろは頻繁に使っていますよ。
内田
堅くなってしまったパンをせいろに入れれば、ふっくらやわらかに。電子レンジの代わりにもなります。
熊野
上の段に豚肉を、下の段には野菜を入れれば、豚の肉汁が野菜に垂れてさらにおいしくなる。
内田
うちには陶器を焼くための大きな窯があるので、素焼きのときの余熱で食材を温めたり、軽く焼いたりすることがあります。
熊野
それは誰も真似できない(笑)。陶芸家の特権ですね。
原川
以前にパン窯で調理をしたことはありますが、それとは規模が全然違いますね。どんなふうに焼けるのか、一度トライしてみたいな。
「用の美」に求められる
堅実な機能と形。
原川
改めて振り返ると、料理家が監修したものやデザイナーが手がけたものは、あまり使っていませんね。
熊野
キッチンツールに求められるのは、「用の美」。
自然な感覚で手が伸ばせるものであるためには、飽きがこない存在でなければなりません。しかし、メニューや調理スペース、料理をする頻度によって求められる要素はまちまち。ある人にとって良いものも、ほかの人にとってはダメなこともある。
内田
時に料理は、火や刃物を使うので、危険も伴う。やはり道具は確実なものでないと。
熊野
現代の消費者は、素材が何で、それがどのように作られているのかにも興味を持っています。ブランドやデザイナーの知名度だけでは、もはや手を伸ばしてくれません。だから、僕も自分で料理をできるだけして、経験を重ねたうえで、機能性や利便性などを判別するようにしています。
原川
それは料理の世界も同じことがいえるでしょう。素材や生産の背景に何があるのか、多くの人が意識的になっています。提供する側もそうした事実を理解したうえで、調理法を考えていますから。
内田
安くものを提供するための、大量生産、大量消費の時代はもうおしまい。信頼を抱き、納得ができるものにこそ心が動くのでしょう。