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原川慎一郎×熊野亘×内田鋼一。プロフェッショナルが敬愛するキッチン道具〜前編〜

デザイナー・熊野亘さん、料理人・原川慎一郎さん、陶芸家・内田鋼一さんの異なるフィールドで活躍するプロフェッショナルが敬愛する道具は一体どんなものなのか?日頃使っているツールを持ち寄って、語り合ってもらった。

Photo: Masanori Kaneshita / Text: Hisashi Ikai / Edit: Wakako Miyake

3人が集まったのは、原川慎一郎さんが運営するレストラン〈ザ・ブラインド・ドンキー〉の厨房。初対面ながら、話題は次々に展開。道具との出会いから、こだわりの調理法に至るまで、キッチン道具好きの男たちが、3時間ノンストップで話し続けた。

原川慎一郎(中央)

僕がこの厨房で使っている調理道具は、どこでも簡単に手に入るものばかり。見ていても、それほど特別面白い道具はないでしょう?
このレストランだけでなく、いろんなところに出向いて調理する機会も多いので、この道具じゃないと料理できないというほどのこだわりはないんです。

熊野亘(左)

厨房といえばステンレス製のものが多い印象ですが、原川さんのところは、鉄、木、陶器などさまざまな素材の道具が揃っていますね。

原川

ここは厨房の様子がお客様にも丸見え。だから、機能が最優先ですが、金属製ばかりで冷たい印象にならないように気をつけています。

内田鋼一(右)

僕はいま、三重県の多気町にキッチンツールのミュージアムを準備していて、世界中の古いキッチン周りの道具たちを調査中。「これってどんなふうに使っていたんだろう」と想像が広がるようなものを集めています。扉1枚分くらいあるまな板とか。

熊野

そんなに大きなもの、どうやって使っていたんでしょう?

内田

家畜まるまる1頭をその上で解体していたようです。地域や時代で道具もさまざまに変化しているのを見るだけでも楽しいですね。

熊野

特に日本は、全国各地にさまざまなもの作りの産地があって、いろんなキッチンの道具が作られている。こうした日本の多様なもの作りを、羨ましがっている海外のデザイナーは多いですよ。

原川

四季がはっきりしているので、旬の食材が土地ごとに存在し、調理法もいろいろ。それに準じて生まれた地域限定の道具もあるでしょう。

内田

僕がミュージアムを開設した萬古焼は、そういう意味ではちょっと特殊な成り立ちです。有田焼、備前焼など、日本の陶磁器は、土地で採取できる特殊な土をベースに生まれているため、大抵は地域の名前が焼き物にそのままついています。

でも、萬古焼は「萬古不易(永遠に変わらない)」という言葉が語源。京都や伊勢の道中にある四日市界隈で文人趣味の道具を中心に作っていたのですが、その後土鍋や耐熱容器などの直接火にかけてもいいものに。当初から土も各地のものを配合した“工業製品のはしり”といえるものなんです。

原川

それは知りませんでした。僕はある料理家の方から教わった〈三鈴陶器〉の萬古焼ご飯鍋を使っているんですが、土が余計な水気を吸い取ってくれるせいか、炊き上がりの米はふっくらと張りがあって、粒が立っていてとてもおいしくなる。

鋳物だと、白米を炊くと少し緩くて、どうしてもべちゃっとした仕上がりになりがち。リゾットには向いていますが。

内田

土鍋は、程よい気密性と高い蓄熱性に定評がありますからね。

熊野

しかし、土鍋のデザインって難しい。最近では、モダンなデザインのものもあるけれど、頼り甲斐のあるずんぐりむっくりさや土っぽさがまったく感じられません。

大量生産のために型を製造し、個体差が生まれないようにする過程で、手びねりや特有の表情が失われ、土鍋の魅力である“揺らぎ”が消えてしまう。デザイナーにとっては心苦しいところです。

原川

僕が店で使っている土鍋は、益子で作陶している郡司庸久さんのもの。一点ずつ形が微妙に異なっていて、それぞれがとても魅力的。使い勝手も最高ですし、何よりもテーブルに置いたときの佇まいが素敵。

キッチン道具を語る 熊野亘さん 原川慎一郎さん 内田鋼一さん

食材、調理法で使い分け。
鍋が違えば、味も変わる⁉

熊野

僕は鋳物の鍋を頻繁に使っています。一つは、ジャスパー・モリソンとともに僕が設計に携わった〈オイゲン〉のグリルパン。底の凹凸に余計な水気や油が落ちて、旨味がぎゅっと凝縮されます。キノコなどを軽くゆでてサッと焼くだけでおいしい。
後はフィンランドの友人がプレゼントしてくれた〈イッタラ〉のキャセロール。

内田

それは僕も持っています。木製の取っ手が外れて、テコの原理で蓋を持ち上げられるようになっているのが機能的だし、なにより美しい。

熊野

内側がホウロウ引きになっているので、食材も焦げつきにくいです。

内田

あと、蓋のデザインが秀逸なのは、〈ダンスク〉のキャセロール。蓋の取っ手が十字形なので、裏返して置いたときにしっかりと安定してくれる。
昭和初期、この形を模した日本製のものが出回っていたくらい。

原川

鋳物なら、ずっと〈ストウブ〉を使っています。耐熱性、保温性が良くて、焦げつきにくい。なにより蓋が重くて、密閉度が高いのでしっかり中まで火が通ります。ただ鍋の中が黒いので、食材がどの程度焼けているか、見づらいときがあります。
その点〈ル・クルーゼ〉は白くて見やすい。

内田

女性は鋳物の鍋を重く感じるかもしれませんが、そのままテーブルに出してもサマになりますし、調理やセッティングに応じて、サイズや形を使い分ける楽しみもありますよね。

熊野

さっと炒めたりするときには、小ぶりの中華鍋を使います。

内田

ソースやたれを回し入れるにも、中華鍋は便利ですよね。

原川

僕は〈ロッジ〉のスキレットを何個も使っています。油馴染みがよくて、食材がくっつきにくいのがポイントです。ただし、かなり重いので振りながらの調理はできません。

内田

でも、アルミ製のフライパンもお持ちですよね。

原川

はい。さっと火を通すなら、断然アルミ製です。特にパスタはゆで上がってからソースを絡める1〜2分が味の勝負なので、欠かせません。

内田

見た目は格好よいですが、頻繁に料理をする人でないと、アルミ製は難しいかもしれませんね。メンテナンスを考えたら、テフロン加工のものが便利なんでしょうね。

熊野

僕は殺菌性があると聞いて銅製のケトルを使っているんですが、一晩水を入れて翌朝沸かすと味が違うように感じます。

内田

熱伝導が良くて、沸騰時間が早いので僕もミルクパンは銅製です。

原川

一時僕も銅鍋を使っていましたが、薄手で手入れも面倒なので、次第に使わなくなってしまった。でも、金属によって熱伝導が変わりますから、食材への火の入り方が異なり、味が違うのはたしか。

内田

ステンレス製は使いますか?

原川

食材がくっつきやすく、油も跳ねるので、炒めたり、焼いたりはせず、ゆで料理なら使いますね。

熊野

鏡面仕上げのステンレスは、素材の表面に細かな凹凸がないため、油馴染みが悪いのでしょう。

内田

土楽窯〉の福森雅武さんの土鍋は、焼き調理にも応用できますよ。すき焼きや土手鍋をするのはもちろん、焼きそばを作ったりもしています。

原川

つい、鍋の話で盛り上がってしまいましたが、ほかの調理器具はどうでしょう?

熊野

以前、サラダサーバーをデザインしたことがあるんですが、パッケージの都合で、柄をあえて短めにデザインしたら、これが好評で。

熊野亘さんが選んだキッチン道具

原川

長い柄のサラダサーバーは、たしかにバランスが取りづらくて、アスパラガスなどの細長い食材を取ろうとするとくるりと回ってしまって、うまくキャッチできないことがある。

熊野

長い柄は、大きめのサラダボウルに差して安定するように設定されているのでしょう。僕のサーバーは、日本の木杓子をヒントにデザインしたのですが、柄が短い方が先端まで力が伝わりやすいと思うんです。

原川

木製へらなら、〈宮島工芸製作所〉のターナーも愛用しています。お世話になっている広島の農家さんが、宮島工芸製作所で出た端材を土に混ぜて腐葉土として使っていることをきっかけにいただいたのですが、握ったときの感触と安定感がとても良い。

内田

宮島工芸製作所の返しヘラも良いですよ。もともと、宮島はしゃもじの生産で知られており、バリエーションも豊富。僕は左利きなので、左利き用があるのは嬉しい。

熊野

チャーハンを作るときに、木杓子を使うんです。1本の木から削り出したものなので、ぎゅっと押しつけても安定感がある。かなり使い込んだので、裏側は焦げちゃってますけど。

内田

木のへらやおたまは、食材へのあたりも優しいですよね。岐阜・飛騨高山の有道杓子は海外の友人へのプレゼントの定番。武骨な形が魅力的です。

原川

使用頻度が高いのは、金属製のトング。食材をかきまぜるのはもちろん、盛り付け時にも活躍します。

熊野

フライパンや鍋を傷つけることもないので、先端がシリコン製のトングを好んで使っています。ワンタッチで閉じてロックできる仕組みは、収納時や食卓で使うときに必須です。