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アーティスト伊藤桂司のアイデアソースやラフスケッチを特別公開。イメージのまとめ方を覗き見

見たことのない不思議な世界観を放つ伊藤桂司さんのペインティングは、どのようなものに着想を得て制作されているのか。作品のもととなったアイデアソースやラフスケッチなどを見せてもらった。

photo: Masayuki Nakaya / text&edit: Asuka Ochi

様々なイメージを複合し、唯一無二の風景を生み出す

まず見せてくれたのは、ベースとなる風景を収めた写真たち。国内外の古書店や蚤の市などをまわって買い集めたトラベルガイドやポストカードのほかに、自分で撮影した写真も膨大にある。

「コラージュをしていても、その根底に“風景に対するイメージ”が残っている。こういう、パースペクティブの感覚が消えないんですよね。理由がわからないまま、惹かれる風景に出合うとシャッターを切っています」

一時期、〈LOMO〉のカメラの質感が好きで、撮りためていたという写真には、砧公園や千葉の海、イギリスのソールズベリー、イーストボーンの風景も。今はiPhoneなどで撮って素材にすることも多くなったが、昔の写真の色や質感に惹かれるという。

個展のメインヴィジュアルになった100号の作品も、今年4月、東京大学の資源再読をテーマにしたフィールドワークで北海道の芽武へ行ったときに、自身が撮った写真がもとになっている。大自然の中に立ち止まって周囲の環境音を録るクルーを見て「ヒプノシスのようだ!」と思って写真を撮ったという(※ヒプノシスは、イギリスのデザイン・アートグループ)。

ちりばめられたクマや青虫のキャラクターたちも、風景と同じように、伊藤さんの日常に実際に入り込んでいるものたちだ。

思考的な側面でバックボーンとなるものも

「死」をテーマにした今回のシリーズには、幼少期からの母親の影響も大きいという伊藤さん。死が現実と地続きに存在しているという漠然とした感覚は、精神的なクリエイティブのバックボーンとなり、手に取る作品にもそうした世界観を求めるきっかけとなっている。

「非日常を日常的なものとして描くマジックリアリズムの小説や、歌舞伎、音楽や映像にも、同じような部分を求めているかもしれません。死は特別なものではなく、人間や自然の営みの中で当たり前のことだと書いたブコウスキーの『死をポケットに入れて』や、ドゥルイドのところを訪れた河合隼雄の『ケルトを巡る旅』、超現実など今とは違う世界観を考える本などを自然と手にしています」

いつも鞄の中にはアイデアを書き留めるためのノートと、50号や100号などの絵の比率に合わせたボール紙を持ち歩いている。実際の比率でラフを描いたノートには、これから完成させたいという作品の原型も。作品のタイトルをすべて曲から選ぶというように、ノートには音楽から得られるアイデアも収められている。

ヴィジュアル面から音像まで、音楽からの影響は様々

もともとゼリーを描こうと思ったのは、フランク・ザッパの『いたち野郎』などでも知られる画家・ネオン・パークが描いたリトル・フィートのアルバムジャケットがきっかけだった。また、100号の作品に佇む人物は、前述のヒプノシスがデザインを手掛けたブランドX 『モロッカン・ロール』から引用している。

「ヴィジュアル面ももちろんですが、いかに音楽が脳に作用するかということも、昔から面白いなと思っていました。ウォークマンが出るよりも前に、家の近くの小金井公園にラジカセを持っていってブリティッシュロックを聴いて、ここはイギリスじゃん!ってバカになったりしていましたね(笑)。音楽の始まりは、ペンタングルやサイモン&ガーファンクル、ドノヴァンなど。詩よりも、音像や音の塊のニュアンスという方が大きいですね。プログレの洗礼を受けると、特にその中のブリティッシュ・トラッド的な要素に反応していました」

ペインティングの前には、コラージュの手法で作品のための下絵を制作していく。今回の新作もすべて、試行錯誤の段階を経て完成したコラージュをもとに描かれた。

「本物の動物ではなく、絶対にそこに存在しなさそうな人工物を置くのは、ゼリーやぬいぐるみが風景の中に存在する異常さみたいなものに、潜在的に惹かれているからかもしれません。そのベースにはいつも、コラージュ的なシュルレアリスムの概念があると思いますね」