Talk

Talk

語る

満天の星にゼリーの山、海へ向かう青虫……。伊藤桂司と〈PARCEL〉佐藤拓のギャラリートーク

コラージュという手法を昇華した、ペインティング・シリーズの個展の開催中の伊藤桂司さん。会場となった〈PARCEL〉のディレクター・佐藤拓さんとの対談で、個展と作品の背景を話してもらった。

photo: Masayuki Nakaya / text&edit: Asuka Ochi

コラージュから、緑のペィンティング・シリーズへ

伊藤桂司(以下、伊藤)

〈PARCEL〉での展覧会は、佐藤さんがすべてキュレーションしているんですか?角田純さんからストリート系のアーティストまで、いつも上質な展示をやっているので、声をかけてもらえて驚きました。

佐藤 拓(以下、佐藤)

基本的にはチームで候補を出し合って決めていますが、今回の展示に関しては僕が企画しました。ストリート系の作品を紹介することが多かったのは、若手を積極的に紹介していこうという思いがあったのが大きいです。ただ、ギャラリーが認知されるにつれて、特徴のある大きなスペースというのもあって、いろいろな方から、ここでやりたいと言ってもらうことが増えたんですね。なので、伊藤さんに展示をしていただいている〈PARCEL〉のほかに、今年、ギャラリーの裏に小文字の〈parcel〉というスペースを開いて、そちらを小回りがきいて実験的なことが自由にできる場所にしました。大文字の〈PARCEL〉の方は、よりしっかりと腰を据えた展示ができる方にお願いしていて、その流れで伊藤さんにお声がけしたんですね。僕らと同世代や、さらに若い作家にとっていい影響を与えられる人がいないか、というのは、いつもずっと探していました。

伊藤

それは嬉しいですね。

伊藤桂司
伊藤桂司 いとう・けいじ/1958年、東京都生まれ。広告、書籍、音楽関係のグラフィックワークやアートディレクション、映像などとともに、コラージュやペインティングなどの手法で制作した作品を発表。 HP:https://www.site-ufg.com

佐藤

もともと伊藤さんのことは、青木克憲さんのカレンダーで知ったんです。青木さんが毎年一人のアーティストをフィーチャーして作っていたカレンダーの、2011年版を伊藤さんが担当されていたんですよね。僕は、建築の大学を出てから、青木さんの〈バタフライ・ストローク〉で1年ほど働いていたことがあったので、退職後も確か、カレンダーを送ってもらっていたんですよね。

伊藤

そうだったんですか。僕のコラージュとドローイングのノートをそのままスキャンしたカレンダーですね。

回顧展ではなく、テーマを持った個展にしたかった

佐藤

はい。その後、僕が〈CLEAR EDITION & GALLERY〉で働いていたときに伊藤さんが来てくださって、少しお話をさせていただいたのを覚えています。展示として最初に観たのは、2015年に〈(PLACE)by method〉でやっていた小町渡さんとの2人展でした。そこで小さなドローイングを買わせていただいたりして、もう一方的にファンだったんです。その後、しばらく活動を追えていなくて観たのが、今回の展示につながる、緑のペインティング作品で。なんだこれ!と。いい意味で、変な絵だなぁと。星空なのにゼリーの山があったりして、不思議じゃないですか。伊藤桂司さんって、あの伊藤桂司さん?って、一瞬結びつかなかったけれど、よく考えるとコラージュの要素があったり、アウトプットが違うだけで合点がいくなと。

〈PARCEL〉のディレクター佐藤拓
佐藤 拓 さとう・たく/〈PARCEL/parcel〉ディレクター。〈CLEAR EDITION & GALLERY〉などを経て、2019年、日本橋馬喰町〈DDD HOTEL〉の一角に開廊。〈PARCEL〉では、立体駐車場だった特徴的な空間を生かし、国内外の幅広い作家を紹介。2022年12月に金氏徹平×森千裕、2023年3月に太郎千恵蔵の展覧会を開催予定。

伊藤

変な絵だよね(笑)。ゼリーはもともと、ネオン・パークという画家が、リトル・フィートのアルバムのジャケで描いていたのを若い頃に見てインパクトを受けて、ずっとインプリントされていたのかな。それが自然と出てきた感じなんですよね。しばらく絵を封印していた時期もあったんですが、コラージュでなく、ペインティングの作品を制作したのは、山梨の〈GALLERY TRAX〉の三好悦子さんに、ペインティングで個展をやろうよ、と言われたのがきっかけで。2021年に〈TRAX〉で個展をする前年の『WAVE TOKYO 2021』で、初めてゼリーの絵を発表したんです。コラージュ的なアイデアはスムーズに出たんですけど、最初の一枚は、思い通りに描くのにすごく時間がかかりましたね。その後に〈TRAX〉で、緑のペインティング・シリーズで最初の展覧会をしました。

佐藤

今回〈PARCEL〉で個展をお願いするにあたって、もちろんコラージュやドローイングで、というのもあったんですけど、ゼリーの山の衝撃が忘れられなくて。あれで会場が埋まったらすごく異質な表現ができるんじゃないか、と想像していました。とはいえ、大きな会場をペインティング作品で埋めるというのは、そんなにすぐにできるものではないなというのもわかっていて、スペースに合わせて100号サイズを描いてもらうというチャレンジもしていただきました。現役バリバリの作家を昔の作品を集めて回顧するのはちょっと違うんじゃないかという思いがあって、回顧展にはしたくなかったので、テーマを決めた個展にしようと話しました。

伊藤

その思いも伝わってきたし、自分のやりたいテーマと合致したのもあって、がんばらなきゃと。100号の絵は、久しぶりに描きましたね。

佐藤

結果的に100号が1枚でなく2枚もあったので、かなりがんばっていただきましたよね。

ギャラリーで対談する伊藤桂司(右)と、〈PARCEL〉のディレクター佐藤拓(左)

都市に失われたパースペクティブを体感する

佐藤

会場には、風景だけを描いた絵も展示していますが、あれは2000年前後の作品ですよね。その当時から、全体に少し黄緑がかっているのは、どこから来ているんですか?

伊藤

風景自体は、古本屋で集めた写真や、自分が撮った写真をベースにしています。このグリーンのトーンは、自分の中である種、ひとつのベースとしてあるかもしれませんね。ステートメントにも書きましたが、1990年代半ば頃、満月の夜に山梨の森を散歩したとき、独特の光に周囲が覆われて、緑色の世界に包まれる体験をしたんです。ブルーモーメントのときに全てが青色に染まるのと同じように、抑揚があるようなないような、不思議な光に均一化されてしまうのがすごく面白くて、衝撃的で。この緑色は、今回、突発的に出たものではなくて、その当時からずっと自分の内側に眠っていたものだと思うんですよね。

佐藤

過去の作品をたどっても、今の作風に至っているのはとても自然な流れだと感じます。コラージュやドローイングなど、アウトプットが時代によって違うだけで、やっていることは変わらないのかなと。今回の展示に関しては、作品がある空間にいると、緑のせいか、なんだかすごく落ち着くんですよね。今までは作家の気概を感じるような作品がほとんどだったので、どちらかというとその思いを受けてエネルギーを使うような感じだったのが、トーンが全部緑だからというのもあるのかもしれないですけど、すごくチルな世界観というか。それはアートの文脈とは全く関係がないただ感覚的な問題で、単にどういうふうに知覚したかということですが。

伊藤

でも、それはすごく大事かなと思います。今回、この空間を最初に見たとき、自然に囲まれた〈TRAX〉とは全く違う環境だったので、それに対してどうアプローチするかというのは、自分にとっても興味深いことでした。〈TRAX〉では、新緑の中で窓を開けて展示をしていましたが、今回は全く違う都市の中の洗練された空間で見せるということが面白かったですね。都市では本来、人間が知覚することができるパースペクティブが遮断されていることが多いですよね。知らないうちにそれがストレスになっていることもあるのかなと思います。絵の中でパースペクティブを体験したい、獲得したいという思いは強いですね。目で深呼吸することができないとメンタル的にもツラいですから。

佐藤

なるほど、だから落ち着くのかもしれません。画法としてはクラシカルですが、描かれた時空もすごく不思議なんですよね。時間軸もそうだし、もののサイズ感もわからないし、星空だし緑だし、という。その世界観も、すごく心地がいい感じがしますね。

伊藤

星空と緑の関係も、経験則に基づいているのかもしれません。以前、タヒチのランギロア島にある無人島のコテージへ泊まったことがあるんですが、夜、今まで見たことのない、ちょうど絵に描いたような星が出て、ビーチが明るいんですよね。映画『コンタクト』で、知的生命体が主人公の科学者の前に、父親の姿で現れるシーンがあるんですけど、まさにそんな風景で。異常に気持ちがよくて。満月の森とともに、そのときの感覚も強烈に残っています。だからここに描いていることは、非日常ではなく、日常の延長なんですよね。それは、小さな頃から、死の世界と日常が地続きだと、母親の影響があって当たり前に思ってきたことともつながっている。そうした世界を描く快感というのは、ずっと昔から今も、継続して残っています。