「初めて読んだのは大学生の頃。下北沢の書店B&Bでたまたま手に取ったのですが、その場で感激してしまって。それ以来、聖書のごとく心の支えにしている本なんです」
『たんぽるぽる』
平野さんは本を開くことなく、次々にお気に入りの短歌を暗唱する。
「“きょうもまた暮らせたことを樹氷からぱきりともいだ冷凍うどん”というのは衝撃を受けた歌の一つ。冷凍うどんって5連結くらいになってガチガチに固まっているじゃないですか。それを割る時の独特の感触や手の冷たさ、パキッという音の感じ。それが樹氷につながるというのが衝撃的で……。
私にとって冷凍うどんって、夜中の空腹時に食べるもの。片や樹氷は北極とか、とてつもなく遠いイメージのものなんです。ありふれた日常の“今”と、果てしなく遠い北方の風景が一瞬でつながる魔法、それが雪舟えまさんの短歌のすごみなんです」
日常の風景から思わぬ世界へ想像がつながっていくのは、独自の感性で食を表現する平野さんの文章にも重なる。
「いえいえ、それは恐縮すぎます!ただ、雪舟さんの食べ物に対する感覚が“わかる!”と感じることは多々あります。例えば“ホットケーキ持たせて夫送りだすホットケーキは涙が拭ける”という歌もそう。説明するのが難しいのですが、餅でもドーナツでも絶対に涙を拭けない。でもふわふわのホットケーキなら拭けそうじゃないですか?
ホットケーキが持っている食べ物としての優しさとか正義みたいなものが表されていて、さらにそれで夫を励まそうとしているというのもすごい。そういう感覚って考え抜いて出てくるものではなく、流れ星みたいなものだと思うんです。それを一瞬でつかむ感性に触れると、心がみずみずしく潤っていくような感じがするんです」
読みたくなるのは決まって、忙しない日常の中で心が疲れてしまった時。
「しおれたり、かさついたりした心に潤いを与えてくれるのがこの本。会社員をしていた時は、毎日鞄にこの本とお菓子のエリーゼを入れて通勤してたくらいで、お守りというかハンドクリームみたいな存在です。リアルな高級ハンドクリームを買うよりずっとお得だと思いますよ、減らないし(笑)。
逆にこの本を開きたいと思わない時は心とか生活の状態が安定しているんでしょうね。心の平穏のバロメーターにもなっている一冊です」