盛岡
盛岡に来るたびに不思議に思っていたのは、かつて宮沢賢治の童話『注文の多い料理店』を1924年に出版した〈光原社〉があるような文化的都市に、意志や気概を感じさせる独立独歩な書店がなかなか見つからないことだった。
買ったばかりの本を携えていくのにもってこいな喫茶店は迷うほどたくさんあるのに、どうして小さくても生きの良さが漲る書店がないのだろうか。
ある日、フォローしていたインスタグラムに「突然ですが、皆様にご報告があります」から始まる長いテキストと、ロゴマークらしき写真がポストされた。似たような趣味の人が居るんだなと、面識のないままフォローしていた人物が、盛岡に書店をオープンさせようとしていることを知ったのは一昨年の夏だった。
それから彼は(この時は名前すら知らない)ニューヨークに出かけた。買い付けの旅らしい。そこから開店までの彼の行動や心境を、インスタグラムで見ているうちに、開店したらすぐに盛岡へ行こうと決心した。残念ながら開店日には行けず翌日、しかも生憎の土砂降りの日だったけれど、ぼくは彼に初めて会い、早坂大輔くんという名前だということを知る。
早坂くんの店〈ブックナード〉がオープンする前から馴染みのあった紺屋町にあるというのも嬉しかった。この日から、ぼくは飲食店以外の盛岡の止まり木を得たのだ。
その後、彼はオープンの日に顔を出した歌人/俳人の自費制作本を取り扱った。反響が大きくすぐに売れてしまったが、本人も在庫を持っていないし、増刷をする資金もないと聞いて、早坂くんは発行人となり、その歌人・くどうれいん『わたしを空腹にしないほうがいい』の改訂版を出版した。とてもいい流れだと思った。
彼が理想としているだろうサンフランシスコの〈シティライツ〉だって、書店経営だけでなく出版もしているのだから。
久しぶりに出かけた盛岡で、ぼくは早坂くんと待ち合わせ、〈ブックナード〉の開店時間までコーヒーを飲みながらいろいろ話し、一緒に店へ行って本を買った。畦知梅太郎の作品が表紙を飾る1956年の『graphis』。
それから前に早坂くんに連れていってもらった〈岩手県立美術館〉へ行き、松本竣介と舟越保武の作品を鑑賞し、わんこ蕎麦で有名な店でかつ丼を食べた。
帰りの新幹線までまだ時間があったので〈六月の鹿〉でコーヒーを飲んでいくことにする。店主の熊谷くんは、つい先日、早坂くんと一緒にサンフランシスコを旅していたのだが、いつもはクールな印象の早坂くんの失敗談を聞かせてもらい大笑いした。
どの街に行っても、ぼくは指圧の「ツボ」みたいな場所を探している。こことここを押せば全体が整うみたいな場所。盛岡は、探し当てられていなかったいちばんのツボがようやく見つかった街だ。