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モーニングコーヒー論。焙煎家・オオヤミノル×〈六月の鹿〉ロースター・熊谷拓哉

食べて、飲んで、おいしいのだったらそれでいいじゃないか。そんな面倒な話や理屈っぽさは不要と考える人にとって、最も「面倒くさい」存在かもしれない焙煎家オオヤミノルが、なんとかウェーブと呼びようのないコーヒーのこれからを考えるために〈六月の鹿〉ロースター・熊谷拓哉と対話した。彼は自分の疑問を解決できるだろうか。

Photo: Keisuke Fukamizu / Text: Hitoshi Okamoto

朝営業のために何を諦めて
代わりに何を得て最高にするか。

オオヤミノル

倉敷に〈カフェゲバ〉を開店することになったときに、サンフランシスコで朝7時からカフェが開いてるのを見て、このスタイルをしようと思った。それでシステムとかオペレーションについて初めて考えたの。でも、考えれば考えるほど、あっちを立てたらこっちが立たないみたいなことの連続。

熊谷拓哉

そうですね。僕はサンフランシスコに行って、とにかく朝が気持ちよかったんです。もしかして僕も朝やった方が、いま来ているお客さんも新しい気分になって、気持ちよく暮らしていけるんじゃないかなと、開店時間を早めました。

オオヤ

モーニングをやるときに名古屋にも行ってみたんだよ。エビフライサンドとかおいしいんだけどコーヒーはまずいと思った。でも、それの何が悪いの?とも思った。ズルしてない。おいしいコーヒーだとも銘打ってないしさ、おいしいコーヒーの値段もつけてない。でも、それがコーヒーである必要もない。コーヒーの専門家なら、そこももっとうまくやりたいなと思うのね。

自分が勉強してきたところとのバランスがどこなのかが、いつも考えるところ。やっぱり、朝ご飯のコーヒーと、ネルドリップのコーヒーを出したい世界とは、相反するとこがある。熊谷くんはどうする?

熊谷

どっちもやりたいです。僕は自作のネルを使っていますが、1杯に3分かかる。注文が入ってからだとできないと思って、ネルで落としてポットに作り置きしています。

オオヤ

朝ご飯として喜んでもらって、ステータスができるなら、やってみてもいいんだけど、なんぼコーヒーが大好きな人でもさ、遅刻しそうだったら見限っちゃうじゃん、俺らのことを。だからどうやっていく?ネル、やめたら?

熊谷

いやいや。でも、例えばペーパーで淹れても、ドリップを目の前でやること自体が、朝の人たちには必要ないのかなって思ったら、淹れておいてもあんまり関係ないかな。

通常のブレンドは1杯¥600。モーニングは¥380、お代わりは¥100。ゆで卵やバタートースト、ピーナッツバタートーストなども用意。

朝のコーヒーを作るとき
求道的側面は捨てる?

オオヤ

ネルドリップに憧れてさ、焙煎をものすごく突き詰めてさ、豆のこともいろんなスペシャルティだけがすべてじゃないみたいに頑張ってきたところの落とし穴に、いまちょうどはまって、なかなか抜け出せない部分はそこなんだよね。

熊谷

朝のコーヒーを作るとき、自分の求道者的な側面は捨てるようにしてるんですけど、あれ、俺、このまま行ったら全部ポットスタイルでやっていく感じになっちゃうなって思って、それをどうしたらいいかっていうのが、いまの悩みです。

オオヤ

やっぱりポットならさ、味の落ちたところを秒単位で確認して、捨てられるかどうかだよね。で、いやらしいけどさ、捨ててるとこお客さんに見てもらわないとダメだと思う。朝はブレンド?

熊谷

朝用のブレンドを作ろうというのは、最初からならなかったんです。あるものを、どう朝っぽく仕上げるかという考え。お代わりしてほしいので、通常よりちょっと薄くしています。煎りは中煎りぐらい。淹れ方でイメージを変えようというつもりで作るので、豆によって焼き方を変えようとは考えない。

オオヤ

お客さんは豆を選べるの?

熊谷

選べません。朝は僕が決めます。やっぱり豆の動きを見てということです。僕の豆は焙煎から2週間から3週間後に味がのるので、豆のショーケースに新しいのを入れて、ちょっと経ってきたのをこっちに持ってくるのがちょうどいい。今日はなんとなくこれかな、ちょっと酸味あってもいいから、グアテマラにするか、みたいな感じですね。濃度が普段より軽くなる分、グアテマラとかケニアあたりは酸が苦手な人は嫌かなというときがあるんで、選びづらいというのはある。そういうことを説明していくかどうかっていうのも迷っていますが。

オオヤ

誤解を恐れずに言うとさ、俺、自分のコーヒーのこと、絶対にめっちゃおいしいと思ってんのね。ゆるぎなく。でもね、朝は、うまいとかまずいとかはどうでもいいと思うよ。なんせ急いでるというかさ。だから朝のアイデアって最高の一杯のためではなく、最高の朝のためにということだよね。

熊谷

僕がやろうと思っているのは、お客さんの気分を変える。そのためにコーヒーを作る。じゃあコーヒーがどういう濃度だったらいいかとか、どういうスピードで出てきたらみんなストレスがないかとか、瞬間的に気分を上げられるようなものをやろうかって、いま考えています。

オオヤ

最高の時間のための、そこそこのコーヒーの作り方を考える。それは断腸の思いだけれど、朝のコーヒーがより良くなるように捨てるのなら、新しいことが生まれる可能性が大きいと思うな。

定休日の日曜日に特別に開けてもらう。すぐに焙煎機の近くに行き、排気の仕方や煙突の位置など、オオヤさんはいつものように熊谷さんを質問攻め。焙煎機を譲らないかと交渉まで始めた。
オオヤミノル 熊谷拓哉 コーヒー
程よい苦味の余韻が残る定番ブレンド「ノワール」100g ¥750。