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村上春樹 2021年の「読む。」

「どんな状況でも、人は楽しめるなにかが必要です」と言うように、最近の村上さん周りはなんだかにぎやかです。ラジオ番組を始めたり、自伝的エッセイを書いたり、「楽しくやっているうちに、気がついたら一冊分できていた」というクラシック・レコードの本や、なんとなく集まってしまったTシャツの本。おまけに村上春樹ライブラリーまで。
初出:BRUTUS No.948『村上春樹 上 「読む。」編』(2021年10月1日発売)

photo: Keisuke Fukamizu / interview: Kunichi Nomura

村上春樹さん、今、どんな気分ですか?

野村訓市

最近も読書をされてますか?

村上春樹

読んでますね。ちょっと時間が空いた時とかに。僕の「51冊の本」を選んだじゃない?あれを読み返してて、結構面白かったですよ。選んだけど、ずっと昔に読んだきりだったから、「どんなだったっけなあ」と思って。

野村

新刊もチェックしていますか?

村上

新刊……。あんまり書店に行ってないからね……。
柴田元幸さんが翻訳したのを僕のところに送ってくれて、それを読んでるだけで時間が……。こんなに速くたくさん仕事する人いないよなと思って。だって、読むより翻訳する方が速いんだもの。柴田さんの本は結構読んでます。

あとは最近、新刊で文学ってあまり読んでないですね……。ミステリーとかは結構読んでるんですけど。

野村

ミステリー!

村上

ミステリーを読むの好きですよ。僕は何を隠そうジャック・リーチャーのファンだから。ジャック・リーチャー・シリーズはマメに読んでますね。

野村

村上さんは昔から古典だけでなく、新刊の海外文学の翻訳をたくさんされているじゃないですか。翻訳をする本についてはどうやって情報を集めてるんですか?

村上

僕は外国にしょっちゅう行ってたから。書店で探して買ってきて、それを読むっていうことをやってた。あんまりインターネットとかでは買わないですね。実際に書店に行って、買う。最近は外国行ってないでしょ?だから書店に行けないし、仕入れはないですね。

野村

では、ストックがちょっと涸渇してたり?

村上

うん。ただ僕は30代、40代、50代くらいの時はアメリカのコンテンポラリー、レイモンド・カーヴァーやその同時代のものを訳すのに興味があったんだけど、最近は同時代のものをいち早く訳すのは若い人に任せて、昔読んだ好きなものをコツコツ訳していこうという方向に。

あまり知られてなくてもね、あるんですよね。トルーマン・カポーティとかスコット・フィッツジェラルドとか、昔のものをやっています。今はフィッツジェラルドの『最後の大君』を訳し終えてゲラを見てるところ。あとはカポーティの『遠い声 遠い部屋』を訳してます。

野村

一番最初の長編ですね。

村上

うん。素晴らしい作品。そういうクラシックのものを訳し直すというのが今面白いです。

野村

当時好きだったものをもう一回翻訳するっていう時に読み直すと、意味がだいぶ変わってきたりするものですか?

村上

うん。あとはずっと僕が持ってきた本のイメージみたいなものを昔の翻訳で見るとちょっと違うなって。自分のイメージで訳したいという気持ちがすごく強くなってきた。

野村

調べながら訳すんですか?『グレート・ギャツビー』をやっている時に、ニューヨークのガイドブックがずいぶん役に立ったみたいなことをおっしゃっていました。

村上

今はウィキペディアとかがあるから、すごく楽。30年前に訳したものと今訳したものと全然違うっていうのは、情報量が違うんですよね。

だから例えば『最後の大君』なんかは、1940年頃の作品だけど、その当時の風俗的なものがいっぱい出てくるから、昔の翻訳者なんかわかりっこないんですよね。今はかなりカバーできます。ウィキペディアとかそういうので。だから翻訳の概念そのものがだんだん変わってきているなあと思いますよね。

作家・村上春樹

野村

少し話は変わりますが、今みたいな時代だからこそ、もう一度読み直したら面白いぞとか、意味が変わってきてこの時代に合ってるぞみたいなものってありますか?

村上

今の時代だとエドガー・アラン・ポーなんかはもう一回読み直してみたいなと思いますね。『赤死病の仮面』ってあってね。ペストがあってみんな閉じこもってとか。コロナの時、僕はあれを一番最初に思い出したんですよね。

ポーの話って今の時代に読むのにいいんじゃないかなという気がだんだんしてきて。……ポーは良いなあ。ポーはね、割と翻訳が良いのが出てるから、あえてやることはないかもなあというふうに思っています。

野村

ポー、読み返します。ちなみに小説以外に何か読んだり、情報を得たりするものってあるのでしょうか?新聞とか、雑誌とか。

村上

小説以外で?読まなくなったね……。

野村

では村上さんは今どこで情報を仕入れてるんですか?

村上

情報はね、人から聞くんですよ(笑)。「こんなことありましたよ」「誰が死にましたよ」……「チャーリー・ワッツ死にましたよ」とかね。

野村

人なんですね、情報源が。

村上

インターネットのウェブニュースがあるじゃない?あれはかなり偏向してるような気がするからあまり見ないようにしてるんですよね。

新聞の情報の方が、まだ「この新聞のこれだったら大丈夫だろう」っていうのがあるけど、ネットは何が何だかわからないからなるべく見ないようにしているんですよ。それよりは、周りの人から聞く情報の方が正確なような気がする。

野村

この人が言うんだから間違いないとか。

村上

あとね、僕は新聞読まないけど、うちの奥さんが切り抜き魔で、僕が読んだ方がいいっていうやつを全部切り抜いて机の上に置いてあるの(笑)。それを見て情報を得てますね。

野村

(笑)。それは毎日ですか?

村上

いや4、5日まとめてどっと置いてあって。誰が死んだっていうのは大体それでわかるから。それは便利っていうか。

僕は何年かまとめて外国に住んでたけど、その時はインターネットってなかった。それで誰が死んだかっていうのはわからなくて、日本に帰ってきて誰が生きてて誰が死んでるかって全然わかんなくなって混乱が生じたから。死亡記事っていうのは大事なんですよね。

野村

村上さんが死亡情報に関心があるとは知りませんでした。

村上

というか覚えてなくちゃいけないから。

野村

では村上さんが日常生活で一番接している文字って何なんでしょうか?

村上

レコードジャケットの解説。

野村

(笑)。

村上

あれはなかなか面白いのがあるんだよね。あとはミュージシャンの伝記は面白いね。ミュージシャンの伝記は結構読んでます。スプリングスティーンとかパティ・スミスとか、いろいろ。この前はトミー・リピューマのが出ていて、あれは面白かったな。