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時代の空気を感じ取り、棚から棚へ。水ダウ・藤井健太郎とTaiTanが書店に足を運ぶ理由

『水曜日のダウンタウン』プロデューサーの藤井健太郎さんと、Dos Monosのラッパー・TaiTanさん。忙しい2人だが、即買って読める電子書籍ではなく紙の本を好み、ルーティンのように書店に足を運ぶという。なぜ本屋でなければならないのか。2人がよく訪れるという〈MARUZEN & ジュンク堂書店 渋谷店〉で、今気になる本を選んでもらった。

photo: Shinsaku Yasujima / text: Neo Iida

買う楽しみ、読む楽しみ、並べる楽しみ

TaiTan

先日は青山ブックセンターで偶然お会いしましたよね。

藤井健太郎

ですね。普通に本を探してて、「あ、どうも」みたいな。

TaiTan

藤井さんとは以前仕事で鼎談(ていだん)の機会があって。2人でがっつり話すのは今日が初ですよね。本屋にはどれくらいの頻度で行かれます?

藤井

以前は週2〜3回は覗いてたんですけど、会社のある赤坂に本屋がなくなっちゃって。今は渋谷によく来ます。それこそジュンク堂とか。

TaiTan

僕も同じです。週に1回、特に週末は必ず行きます。

藤井

あんまりネットで本を買わないんです。欲しい本をメモっておいて、本屋に行った時に多めに買う。

TaiTan

僕も買い物のルールで、本だけは予算の上限なく買っていいことにしていて。ただ8割方、読んでない本だらけです。積ん読ばかり。

藤井

僕も最近は全然読めてません。購入がメインになってます。

TaiTan

でも「読書=購入」ですもんね。いつか読めばいいですし。どんなジャンルが好きですか?

藤井

学生の頃は小説ばっかり読んでたんですけど、最近は全く読まなくなって。なぜかノンフィクションが多いですね。あとエッセイ。

TaiTan

僕は小説も読みますけど、新作情報を取りに行くことはほぼなくて、ベストセラーしか読まないですね。藤井さんと同じでドキュメンタリーとかノンフィクション、経済系、社会学っぽい本に夢中になる傾向があります。ビジネス書の棚は時代のムードを反映した本が多く、「今、これがキテるんだ」とわかる。最近は宗教を扱った本が増えました。

テレビプロデューサー、演出家・藤井健太郎、ミュージシャン・TaiTan
2人もこよなく愛する書店。閉店後の店内で対談。

今熱いのは、平成の総括。清原本と創業者の継承話

藤井

40分くらい店内を回って気になる本を選んでみましたが……、まず手に取ったのが『家好き芸人アンガールズ・田中が行く!建築家の自邸探訪』。大学で建築を学んだ田中さんが、建築家の自邸を紹介する本。そもそも僕は建築や間取りが結構好きで、『渡辺篤史の建もの探訪』もよく見てるんです。芸人さんの本というのも加わって、より興味が。

TaiTan

表紙の田中さん、いいですね(笑)。装丁が素敵な本だと、松尾スズキさんの戯曲『ドライブイン カリフォルニア』。演劇って長時間表に出られないし、観るのがしんどい時もありますよね。でも戯曲ならクイックに読めるし、作者の意図も伝わる気がして結構いいんです。

藤井

僕も装丁はわりと重視してます。『キヨハラに会いたくて 限りなく透明に近いライオンズブルー』も装丁がライオンズカラーでイケてるんですよ。サブタイトルも最高。

TaiTan

気が利いてますね。僕も先日のヨーロッパツアーに唯一持っていった本が著者の中溝康隆さんの『プロ野球死亡遊戯』でしたよ。

藤井

中溝さんは同世代だし、僕も実家が西武線沿線でうっすらライオンズファンなので、色々共感ポイントがありそうだなと。西武線に乗って、西友で買い物して、祖父も西武鉄道勤務だったし、西武の経済圏で生きてきたので、この手の話が好きなんです。

TaiTan

清原本、今熱いですよね。ベストセラーの『嫌われた監督』を書いた鈴木忠平さんの『虚空の人 清原和博を巡る旅』も面白かった。

藤井

清原って“好景気日本の顔”っていう感じがするんですよね。

TaiTan

確かに。平成という時代の悲哀を重ねてしまうのかも。『亀裂 創業者の悲劇』も近いものがありますね。少し前からビジネス本の棚に創業者本が増えだしたんですよ。おそらく平成までに築かれた、芸能、産業、あらゆる業界のシステムに亀裂が走って、創業者の後継に世間が注目しているんでしょう。

藤井

創業者とは異なり、瞬間的にスポットライトが当たった人のその後を描いた『人生はそれでも続く』も良さそう。タマちゃんを見守る会とか、生協の白石さんとか、松井を5敬遠して罵声を浴びた17歳とか。

TaiTan

一発屋芸人ではなく市井の人のその後というのがいいですね。帯を見て絶対買いだと思ったのが『目の見えない白鳥さんとアートを見に行く』。Yahoo!ニュースと本屋大賞が実施している「ノンフィクション本大賞」の2022年の大賞作品で、僕はこの賞をめちゃくちゃ信用してるんです。2021年は『デス・ゾーン 栗城史多のエベレスト劇場』がノミネートされてますから。

藤井

あれは面白かったですねえ。

TaiTan

『白鳥さん』は、「全盲の美術鑑賞者とアートを巡る」という話で、互いに何を知覚するのかを書いた本。障害というより第六感、センスの拡張が書いてあるのかな、と気になりました。あと、すでに読んだ本ですが、何度でも手に取りたくなるのがヴァージル・アブローが亡くなったあとで出版された『ダイアローグ』。

藤井

買いましたよ。やっぱり興味がありますよね、僕らの世代で、ある種頂点に行った人だったので。まあ、まだ読めてないんですけど(笑)。面白かったですか?

TaiTan

ピカイチですね。ヴァージルはある時代の、世界全体のムードを作った人物と言っても過言ではない。彼の足跡がまとまった本は過去なかったはずなので、貴重です。

MARUZEN & ジュンク堂書店 渋谷店 店内
「品揃えが豊富」と2人揃って太鼓判を捺す〈MARUZEN & ジュンク堂書店 渋谷店〉。ミステリーとSFの棚付近を物色中。

読まなくても、本棚に並べるだけで意味がある

藤井

『眼鏡とオタクとスケートボード』。岡田普さんは僕の少し上の世代で、学生の頃からよく名前を見ていたスケーター。スケボーは今やカルチャーシーンのど真ん中にあるけど、日本のスケーターの自伝ってあまりなかったと思いますし。ジャケもいい感じだったのでカゴに。

あと、ジャンル変わりますけど、僕はアウトロー系のヤクザや未解決事件、その手のものは出たら買うスタイルなんで『M資金』も選んでます。

TaiTan

M資金ってなんですか?

藤井

旧日本軍が隠した財産がドサクサで消えて、今も秘密資金として極秘に使われてるっていう触れ込みの、徳川埋蔵金みたいな話です。

TaiTan

ああ、都市伝説っぽい。

藤井

そうそう。昭和から詐欺の王道として延々と扱われてるんです。そんなに詳しくないけど、僕からするとM資金というお題で詐欺師たちがいろんなリミックスをしてるように見える。新曲みたいに「今回はこういうパターンか」って。

TaiTan

面白い(笑)。奇しくも僕も詐欺で一冊。『ルポ 特殊詐欺』は、詐欺がいかに巧妙化していくかを綴ったルポ。特殊詐欺の構造って、金の流れが何層にもなっていて大元に辿り着けないって言いますよね。その末端の、受け子や出し子が捕まっていく様子を描いている。普通に暮らしていれば交わらない世界です。

藤井

こうして5冊選んでみましたけど、バラバラですね。

TaiTan

そしてお互いに共通するのが「読まないかもしれない」(笑)。でも、そこに本質がある気がします。

藤井

そうなんですよね。買う行為もそうだし、本棚に並べること自体が、紙の本を買う大きな理由でもあると思うんです。目に入るところに物体としてあることは大きいですよ。

TaiTan

総覧性があるから、眺めるだけで「今、俺ってこういうことに興味があるんだ」と意識できる。

藤井

当たり前ですけど本屋には買う前の本が大量にあるわけで、もっと今の空気感が伝わります。だから実際に足を運んで、本を探したくなるんでしょうね。

藤井健太郎の売り場の巡り方

欲しい本は家でチェック済みだけれど、来店すると1時間は滞在するそう。「決まった本目がけて行きますけど、その周辺にある本も見ます。欠かさないのはサブカルエッセイ、音楽、ヤクザと事件系。ネットで本を買うとコンディションも気になって。届くと折れていることもあるので、弾くためにも本屋でちゃんと見て買います」

RECOMMENDED BOOKS

『家好き芸人アンガールズ・田中が行く!建築家の自邸探訪』田中卓志/編、『キヨハラに会いたくて限りなく透明に近いライオンズブルー』中溝康隆/著、『眼鏡とオタクとスケートボード』岡田 晋/著、『M資金 欲望の地下資産』藤原良/著、『人生はそれでも続く』読売新聞社会部「あれから」取材班/著
『人生はそれでも続く』読売新聞社会部「あれから」取材班/著
日本中が注目したニュースの“あの人”の今を探る、読売新聞の人気連載を新書化。本名「王子様」から改名した18歳、日本人初の宇宙飛行士になれなかった26歳など、22人のその後を徹底取材。新潮新書/902円。

『M資金 欲望の地下資産』藤原良/著
昭和、平成、令和と今なお経営者や芸能人が騙されてしまう魅惑の「M資金」。暗躍する詐欺師たち、使い古された手口に呑み込まれる経済人たち。両者の生態を探りながら、幻の正体を追う。太田出版/1,694円。

『眼鏡とオタクとスケートボード』岡田 晋/著
90年代から活動してきたプロスケートボーダー、岡田普の自伝小説。スケボーとの出会い、日本人で初めてアメリカのスケートカンパニーからデビューした思い出などを回想する。HIDDEN CHAMPION/1,320円。

『キヨハラに会いたくて 限りなく透明に近いライオンズブルー』中溝康隆/著
PL学園の主砲として甲子園を熱狂させ、ドラフトを経て西武ライオンズに入団した清原和博。その1985年からの約10年間を、小学生時代に“キヨマー”の愛称で呼んだ著者が回想するコラム。白夜書房/1,650円。

『家好き芸人アンガールズ・田中が行く!建築家の自邸探訪』田中卓志/編
広島大学工学部で建築を学んだアンガールズ田中卓志による、雑誌『住まいの設計』での連載をまとめたムック。建築家20組の自邸訪問のほか、理想の家の間取り公開、大学時代の思い出なども。扶桑社/1,980円。

TaiTanの売り場の巡り方

まず動線に沿って新刊をチェック。その後必ず見に行く棚がいくつかある。「順番が決まってるわけじゃないんですけど、欠かさず行くのは入れ替えの激しいビジネス書のエリア。ここで今どんな本が来てるのかを見ます。あとはカルチャーや芸術系のエリア。あとエッセイ。そして新書。この4つのエリアは必ず行きますね」

RECOMMENDED BOOKS

『目の見えない白鳥さんとアートを見に行く』川内有緒/著、『ルポ 特殊詐欺』田崎基/著、『ダイアローグ』ヴァージル・アブロー/著、『ドライブイン カリフォルニア』松尾スズキ/著、『亀裂 創業家の悲劇』高橋篤史/著
『亀裂 創業家の悲劇』高橋篤史/著
大企業を生み、巨額の資産を築いた創業家を追った経済ノンフィクション。セイコーの服部家、ソニーの盛田家、大塚家具の大塚家など、その強烈なカリスマ性の裏側にある、混沌の正体を探る。講談社/1,980円。

『ドライブイン カリフォルニア』松尾スズキ/著
ドライブイン裏の竹林で首を吊った少年が幽霊となり、悲劇を語り始める傑作舞台を戯曲化。松尾スズキがプロデュースする日本総合悲劇協会として1996年に初演し、2022年に再々演した。白水社/2,420円。

『ダイアローグ』ヴァージル・アブロー/著 平岩壮悟/訳
心臓血管肉腫のため2021年に41歳で急逝したファッションデザイナー、ヴァージル・アブロー。彼が現代アーティストのトム・サックスらと行った貴重な9本の対話を翻訳した一冊。アダチプレス/1,980円。

『ルポ 特殊詐欺』田崎基/著
あらゆる手口で金を騙し取る特殊詐欺の手口に迫るルポルタージュ。出し子、かけ子、受け子、主導役など、実行犯たちの素顔に迫りながら、過去の実例、加害者のその後なども紹介する。ちくま新書/946円。

『目の見えない白鳥さんとアートを見に行く』川内有緒/著
全盲の美術鑑賞者・白鳥さんとの、アートを巡る旅。『空をゆく巨人』で第16回開高健ノンフィクション賞を受賞した著者の、受賞後第1作となるノンフィクション作品。集英社インターナショナル/2,310円。