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人気ミュージアムの仕掛け人たちが選ぶ、全国の博物館・美術館6選

来館者が絶えないあの博物館、斬新な切り口でアートを見せる美術館。そんな人気ミュージアムの仕掛け人が、通い詰める館とは?

text: Masae Wako, Ku Ishikawa / edt: Asuka Ochi

太地町立くじらの博物館(和歌山/太地町)

田島木綿子(獣医師、国立科学博物館 研究者)

たくさんの標本を、詳細な説明と。
展示のお手本のような博物館。

何年か前に米国のスミソニアン博物館が展示する標本数を極端に縮小したんです。広大なスペースに、キリンだけが鎮座していたり、要はアートミュージアムのような趣向が先行してしまいました。そのときに、博物館の役割は、やはりたくさんの標本を見てもらい、関連する情報や最新の知見、面白い話を密度濃く伝えることだと思いました。

太地町立くじらの博物館〉はその点、博物館の根幹をしっかりと捉えています。狭いスペースでも工夫して多くの標本を展示し、それがかえってダイナミックさを醸し出しています。視覚障害者の人が触って形を想像してもらえるフィギュアなど、学芸員が伝えることに全力投球していることを感じる博物館です。

和歌山〈太地町立くじらの博物館〉館内

鬼無里ふるさと資料館(長野/長野市)

高安淳一(大麻博物館 館長、学芸員)

大麻が人の衣食住を支えた事実が、
村全体の暮らしぶりから伝わる。

歴史的に長野県は大麻の名産地。なかでも旧鬼無里村に位置する〈鬼無里ふるさと資料館〉の展示では、大麻の生産がいかに村の衣食住を支えてきたかがよくわかります。衣服の素材に用いるのはもちろん、畳糸などに加工して、大麻が村の経済の中心だった。

お米などの農作物ができにくい気候で、普通に考えたら貧しいはずの村なのに、展示されている祭屋台と神楽は、重要有形民俗文化財になっていてもおかしくないような、一木彫りや透かし彫りなどの高級な技法を用いている。要は、大麻によって村が潤っていたということ。純粋に村の歴史をアーカイブしている資料館ですが、こういうローカルな場所にこそ、民俗学的に重要な事実が眠っているのです。

長野〈鬼無里ふるさと資料館〉館内

野尻湖ナウマンゾウ博物館(長野/信濃町)

田辺智隆(戸隠地質化石博物館 研究員)

展示物だけでなく発掘プロセスに
個性が宿る野尻湖の歴史。

景勝地である野尻湖は、氷河期を生きたナウマンゾウの発掘場所でもあります。1962年から今まで、合計22回の発掘を行い、ナウマンゾウの化石や、象の骨でできた旧石器人類の道具など、〈野尻湖ナウマンゾウ博物館〉にはこの地で出土した約85,000点の資料が、すべて収蔵されています。

その時代の人類の暮らしと環境がわかる資料的価値が高い博物館ですが、実はすべての展示品は、地元はもちろん全国から参加したボランティアの人々が発掘したもの。こんなふうに成立している博物館はほかになく、裏を返せば地域の人も積極的に参加しているということでもあり、人々の誇りになっている館は、展示物が生き生きとしているんです。

長野〈野尻湖ナウマンゾウ博物館〉館内

板橋区立美術館(東京/板橋)

日野原健司(太田記念美術館 主席学芸員)

長年の研究と発掘に裏打ちされた
知られざる江戸絵画に出会えます。

全く知らなかったけれど、こんなにも魅力的な絵画やジャンルがあったんだ!そういう満足感や驚きを必ずもたらしてくれる、東京23区初の区立美術館です。特に江戸絵画は、1979年の開館当初から続くマニアックな発掘でも有名。一朝一夕には到達し得ない研究成果や知見の蓄積があるからこそ、どんなにマイナーでも本当に面白く素晴らしいものを取り上げて見せてくれるんです。

最近では江戸中期の画家、建部凌岱の展覧会。海の魚が入り乱れる《海錯図》の、漫画のような顔のエイがよかったな。正直、ちょっと遠くてアクセス的なハードルは高いのですが、「ここだけは見逃せない」という気持ちに抗えない。絶対的な信頼を寄せています。

東京〈板橋区立美術館〉館内

Bunkamura ザ・ミュージアム(東京/渋谷)

音ゆみ子(府中市美術館 学芸員)

美術館という非日常に誘う
展示空間の作り方に胸キュン。

壁の色、照明、エントランスの作り方など、展覧会ごとに趣向を凝らした空間演出が本当に素敵で、ため息が出るほどです。渋谷の商業施設の地下という日常と地続きの場所にありながら、入口を抜けた瞬間からガラリと違う非日常の世界へ誘われる。私も展覧会の空間を考える会場施工の仕事が大好きなので、勉強になるし共感もします。

例えば『ロートレック・コネクション』展(写真)では壁の色のみならず、ソファのカバーも合わせているところに胸キュン。ソファまで演出に使う美術館はなかなかないですよね。どんな作品も、並び順や掛け方を変えるだけで見え方が大きく変わるもの。全力で作品の魅力や世界観を伝えようとしていることに感動します。

東京〈Bunkamura ザ・ミュージアム〉館内
「ロートレック・コネクション 愛すべき画家をめぐる物語」会場風景(2009年)

水戸芸術館 現代美術ギャラリー(茨城/水戸市)

松村円(丸亀市猪熊弦一郎現代美術館 学芸員)

美しさとは?現代の問題とは?
行くたびに考えが更新される場所。

時代を捉え、展覧会を通してそれを考えさせてくれるところがとても好き。最も感銘を受けたのは、2006年の企画展『人間の未来へ』です。環境、経済、人権問題など社会のダークサイドを取り上げながらも決してこちらを突き放さない。報道写真や彫刻、映像、詩……とあらゆる表現媒体を組み合わせた展示が、自由に思いを巡らす助けになりました。

見終わった後の、「あの作品から私は何を受け取ったのか」みたいなモヤモヤを含めた余韻も心地よかった。いい作品と出会えるだけでなく、自分の考え方が更新されていく喜びを、いつ行っても感じます。鑑賞後に外を眺めつつくつろぐ時間も楽しみ。芝生広場が近隣の方の憩いの場になっていることも素敵です。

茨城〈水戸芸術館 現代美術ギャラリー〉外観
photo:田澤純