Wear

Wear

着る

ミリタリーウェアの始まり。上野〈松崎商店〉カルチャーの震源地へ Vol.5

ロカビリー、パンク、アメカジ……。今となっては馴染み深い、海外由来のファッションジャンル。それらが日本に根づいた背景には、いつだって初めて取り入れたお店の存在がある。起源を求めて、いざ、“始まりの店”へ。

Photo: Keisuke Fukamizu / Text: Keisuke Kagiwada

米軍の払い下げにこそ宿る“本物”の魅力。

上野のミリタリーショップといえば、1956年創業の〈中田商店〉を思い浮かべる人も多いだろう。しかし、深川で創業した〈松崎商店〉がこの地に移転してきたのは、遡ることさらに9年前である。しかも〈中田商店〉とは異なり、同店が扱うミリタリーグッズは、今では珍しい米軍からの“払い下げ”が中心。

つまり、だだっ広い土間のような店内に所狭しとひしめく衣服や雑貨のほとんどは、米軍で実際に使用された“本物”ということだ。今でもベトナム戦争時に使われていたものなどが残っているというから、商店というよりも博物館と呼びたくなる。

朝鮮戦争時に使われたM-51のインナー
朝鮮戦争時に使われたM-51のインナー。近年、多くのファッションブランドがサンプリングしている。実際のモデルはパイル地とナイロン地のリバーシブルになっている。

もともと陸海軍、国鉄、郵政省、警察など役所の払い下げだけを扱っていた同店が、米軍登録業者となって日本に駐留している米軍の品物も仕入れるようになったのは、戦後になってからのこと。当初は問屋であり、全国の古着屋に卸していた。主な購買者は一般市民で、着るものが不足していた戦後復興期、米軍の頑丈な衣服は作業着としてとても重宝がられたという。

風向きが変わってきたのは、20世紀も終わりに入った頃だった。業態を卸から小売りに変えると、当初から想定していたミリタリーマニアのほかに、ファッション感覚で買っていく客たちも現れたのである。後者に売れるものは、時代によってさまざまだった。

火鉢を囲む松崎さんは、米軍のフリースジャケットを着用。背後は、貴重な日本軍の古い軍服
小上がりで火鉢を囲む松崎さんは、米軍のフリースジャケットを着ていた。背後に飾られているのは、今となっては貴重な日本軍の古い軍服など。

ある時はMA-1、またある時はM-65。要するに、その都度ちまたで流行っているウェアの、サンプリングソースとなったアイテムだ。そうした貴重なオリジナルアイテムが、驚くほど安価で買えるのだから、本物を求める若い客が多い理由も自ずと明らかだ。

店の奥に進むと、小上がりで険しい表情を浮かべながら火鉢に体を寄せる2代目店主の松崎一男さんがいた。松崎さんが言葉少なに語ってくれた内容をまとめるなら、以下のようになるだろうか。

「うちはずっと変わらない。変わったのは世間の方」。その言葉には、自分はよそ見せずにいいと思ったものだけを扱ってきたのだという強い信念が感じられた。数年前に米軍の払い下げは打ち切られたそうだが、同店にはまだまだお宝が眠っている。これからも本物志向の客が、後を絶たないだろう。