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既製パンツの始まり。春日〈ズボン堂〉カルチャーの震源地へ Vol.6

ロカビリー、パンク、アメカジ……。今となっては馴染み深い、海外由来のファッションジャンル。それらが日本に根づいた背景には、いつだって初めて取り入れたお店の存在がある。起源を求めて、いざ、“始まりの店”へ。

Photo: Keisuke Fukamizu / Text: Keisuke Kagiwada

〈リバイス〉のジーンズが、既製“ズボン”の火つけ役。

本郷菊坂のひなびた商店街を歩いていると、図太いフォントで〈ズボン堂〉と書かれた看板が不意に目に飛び込んでくる。外からちらりと眺める限り、街のテーラーのような佇まいだ。実際、1937年の創業当時は、〈堀江注文ズボン店〉という舶来の生地でズボンを作る仕立て屋さんだったという。

その後、卸業者からまだ〈リバイス〉と呼ばれていた頃の〈リーバイス〉のジーンズを仕入れて扱うようになると、これが思いがけず大ヒット。結果、当時まだ根強かった「既製品を買うのはオシャレじゃない」という価値観に、一石を投じることとなった。この波に乗って〈ズボン堂〉と改名し、既製パンツの専門店へと転身したのは1950年の話。

さて、店に足を踏み入れると、10畳に満たないスペースには、信じられない量のズボンが積まれている。2代目店主の堀江治さんによれば、これらはすべて違う種類の商品サンプルで、倉庫には数千に上るストックがあるという。

さらに興味深いのは、新品以外は置かないことをモットーとしているのに、現行品が少ないこと。店の大半を占めるのは、70年代から80年代にかけて仕入れたもので、新品のまま残っている、いわゆるデッドストックなのだ。

〈ズボン堂〉店内
今やヴィンテージ市場で高騰中の〈リーバイス〉のデニムなども、堀江さんはその目で見てきたと語る。店内のあちこちには〈ファーラー〉などの古い宣伝用看板が。

しかし、デザインの古さが強みに変わることもあるのが、ファッションの面白さ。特に、当時のオシャレな学生たちに愛されたという70年代の〈ファーラー〉や〈リー〉のウールズボンは、いずれもクラシックなフレアスタイルで、アレッサンドロ・ミケーレが見たら資料として買い占めそうなほど今っぽい。

ヴィンテージショップならばミントコンディションのデッドストックとして高値をつけるところだろうが、どれも良心的な価格帯で店の心意気を感じる。

ところで、どうして現行品が少ないのだろうか。「昔のアメリカ製には敵わないね」というのが堀江さんの答え。そこにあるのは単なるノスタルジーではなく、日本人に既製品の魅力を知らしめたアイテムに対する絶大な信頼感だ。堀江さんが商品を紹介しながら教えてくれた、“東京既製ズボン史講義”に耳を傾けるためにも、また訪れたくなる店だった。