日本でカスタードクリームと呼ばれる、卵黄、砂糖、小麦粉、牛乳から成る甘いクリームは、フランス語ではクレーム・パティシエールという。“菓子職人のクリーム”という意味だ。そのまま絞って、そしてさまざまなクリームのベースになって、たくさんのケーキに使われる。
例えば、泡立てた生クリームと合わせた“ディプロマット”は絞り出してフルーツのタルトやケーキに、バタークリームと合わせた“ムスリーヌ”はフランス版ショートケーキやミルフィーユのクリームになる。メレンゲを混ぜてふわふわの“シブースト”になったかと思えば、アーモンドクリームと合わせた“フランジパーヌ”は火を入れてタルト生地にも。
まさに、“菓子屋”のクリームなのだ。それだけに、パティシエには、それぞれ理想とする味や食感があって、炊き方から材料まで、こだわりは十人十色。
それを素直に味わえるのがシュークリーム。パティシエールで「煮る(炊く)」、シュー皮で「焼く」というパティシエにとって最も大切な2つの技術が、シンプルに一つになっているから。これを食べれば、彼らの熱い思いが伝わるはずだ。
クレーム・パティシエールは、パリで知った初恋のキスの味
日本を代表する老舗フランス菓子店のシュークリームは、シュー パリゴー=パリ野郎という。アーモンドをまぶしたゴツッと香ばしい皮を頬張ると、中からはそれをしかと受け止めるコクのあるクリームが現れる。生クリームを混ぜない、クレーム・パティシエールそのものだ。
「シュー パリゴーは、僕の菓子に対する考え方そのもの。パティシエールは、菓子屋にとって最も大事な、いちばん好きなクリームですから」
1944年生まれのフランス菓子界の巨匠、河田勝彦さんは言う。最初に口にしたのは、たぶん〈米津凮月堂〉にいた1960年代。が、「半世紀以上前のことだから、あんまり覚えてねぇな」。それからフランスに渡り、出会ったそれは未知のおいしさだった。そして、その時学んだパティシエールが40年間変わらず、いまもシュー皮に詰まっている。
クリームを仕込むのは、大抵、夕方。リズミカルに一気に炊き上げたら、最後にバターを一片。これを冷蔵庫で1晩寝かせ、カッチカチになったものを、翌朝滑らかにツヤが出るまで練るのが河田流だ。
「結構、力がいる仕事だけど、これでコクと旨味が増すの。菓子屋のおいしさが何かといえば、卵のコク味ですよ。コクがあって、その後、甘さがついてくるのが、僕のクリーム」
このパティシエールは、洋梨のお酒とコンポートを入れた、店名を冠したスぺシャリテにも姿を変え、こちらも40年間ショーケースに並ぶ。いわく、「クレーム・パティシエールはね、初恋のキスの味なの!」。