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〈BOOK STAND 若葉台〉店主・三田修平が、団地で“普通”の本屋を始めた理由

本屋が街から姿を消している。20年前に比べ約半減したとも。でもここ数年、実は、新しく本屋を始める人が増えている。コロナ禍によるライフスタイルの変化なのか、「でもやるんだよ」の精神なのか。2022年に開業した本屋を訪ねてみました。なぜ本屋を始めたんですか?

photo: Kazuharu Igarashi / text: Izumi Karashima

憩いの場、ワクワクする場、世界の接点としての団地の本屋を

午後3時過ぎ。学校から帰ってきた子供たちがわいわいと店に集まってきた。『コロコロコミック』の新刊を手に取ったり、絵本をめくったり、ドリルを見たり。店先のドリンクカウンターでは初老の女性たちがクラフトビールを手に世間話。体調のこと、病院のこと。ここは団地の本屋。住民の憩いの場なのである。

「こういった大きな団地って、学校やスーパーなど、生活のための施設が整っているので非常に暮らしやすいんです。でも半面、団地の中だけで完結してしまいがち。僕も団地育ちなのでよくわかる。団地に存在していないものを知る機会が少ないんです。ですから、特に子供たちにとっては、ここが外の広い世界との接点としての役割を果たす場所になればいいなと思っているんです」

三田修平さんが営む本屋〈BOOK STAND 若葉台〉は、横浜市旭区の丘陵地、若葉台団地内の商店街にある。1997年に入居が始まり、ピーク時には2万人が暮らし、今は1万4000人が暮らす巨大なニュータウン。〈六本木 蔦屋書店〉、渋谷〈SPBS〉の店長などを経て、移動書店〈BOOK TRUCK〉をやっている三田さんが、“団地の本屋”を営むことを決めたのは、2021年の3月頃のこと。

「5年ほど前から若葉台団地に住み始めました。ここはもともと僕の地元。実家は若葉台団地とは違う団地ですが、この近所。結婚して子供が生まれ、広い場所に住みたいと考えたとき、家賃も駐車場代も安いのが魅力的でした。駅から遠いという難点だけ乗り越えれば、子育て世代は抜群に暮らしやすい。車道と歩道が分離されているし、公園も多い、学校もある、スーパーもある、近所付き合いも盛んで、子供の一時預かり施設もある。もちろん、僕にとっては勝手知ったる場所ですし」

横浜 若葉台団地の外観
若葉台団地が誕生して44年。団地で育った子世代が結婚し再び戻ってくるケースも。

とはいえ、三田さんが住むようになってから、生活に潤いを与えてくれる店が姿を消していった。花屋、パン屋、そして本屋もなくなった。

「ここには大手チェーン店の本屋が入っていたんです。でも3年くらい前になくなって。そして、コロナが取り沙汰されるようになる前の19年、ここに再び本屋を取り戻したいと、団地の本好きの有志が活動していることを知りました。ただ、僕自身は古書を扱う移動書店をやっていて、固定店舗を持つ気はなかった。なにより団地の本屋はめちゃくちゃ難しい。はっきり言って、商売は成り立たないだろうと思ったんです。

でも、話を聞くうちに、今の時代にフィットした形の書店が、例えば、蔦屋書店とかSPBSとか、都心部では模索されているけれど、こういった団地や住宅地では試行錯誤されてない。団地育ちとしても、団地の本屋のあり方を探るべきだなと。それで21年に入ってから本格的に考え始めたんです」

ただ、利用者が限られる“団地の本屋”はデメリットだらけ。開業への風当たりは厳しく、融資の相談をしてもいい顔をされなかった。そこで三田さんは、地域と一体になることが大切だと、団地を管理する神奈川県住宅供給公社やまちづくりセンターの協力を得ることに。

「誰もが気軽に足を運べて、自分なりの楽しみ方ができ、そこからコミュニティが生まれる。そういった本屋が持っている機能って、自治体が作りたいと考える場所と相性がいいと思ったんです。コミュニティセンターを作るんだったら、本屋を作りましょうよと。団地の中にワクワクする、刺激を受けられる場所があれば、より暮らしも楽しくなる。それは団地に新しい人たちを呼び込むことにもつながっていくと思うんです」

そして2022年8月27日にオープン。「普通の本屋が欲しい」という団地住民の要望もあり、古書は1割、9割を新刊で揃えた。

「でも、“普通の本屋”がいちばん難しいんです。何を置けばいいかは、わからん、というのが正直なところ(笑)。始めてみると、意外なものばかりが売れるんです。腎機能を高める本とか、家計簿とか、介護施設の探し方ガイドとか、猫背を直す本とか。絶対にセレクトでは辿り着かない本ばかり。

住人の53%が65歳以上ということもあります。めちゃくちゃ客注も多いんです。あと、高齢者の方たちって時代小説を読むんです。びっくりするぐらい読む(笑)。ですから、古書もそのへんを厚めにしています。ただ、本好き、本屋好きの人にも来てもらいたいし、若葉台だけじゃなくその近隣からも人を呼び込みたい。そのためのバランスを、今は模索しているんです」

これからは古書の割合を増やし、団地内に眠っている本を循環させたい、と三田さんは考えている。

「本に限らず、洋服もフードロスも、団地の中に眠っている資源を、団地の中で循環できればいいなって。団地単位であれば、循環型の社会を実現できると僕は思っていますから

RECOMMENDED BOOKS

横浜〈BOOK STAND 若葉台〉店内
右から時計回りに、住民に人気の『腎機能がみるみる強まる食べ方大全』。荒木経惟の写真集『都市の幸福』(古書)には昔の若葉台の写真が。季刊誌『真夜中』(古書)は三田さんのお気に入り。矢崎存美『ぶたぶたの本屋さん』は商店街の本屋の話。