忍び込んだ姉の部屋で、文庫本と邂逅
家族が多かったので、子供の頃は自分の部屋がなかった。家にいる時は主に「テレビの部屋」と呼ばれる6畳の居間で過ごしたが、たまに姉2人の部屋に行くこともあった。
姉の部屋でダラダラ寝ていても見逃してもらえることもあれば、機嫌が悪いと「勝手に部屋に入るな」と追い返されることもある。かと思えばいきなり部屋に呼びつけられ、こっちの服とこっちの服でどっちが自分に似合うか、またはよくわからない洋楽を交互に聞かされ、どっちの方が感動したかと意見を求められた挙句、仕方なしにどちらかを選ぶと姉は納得のいかない顔で「へえ、そうなんや……」と呟(つぶや)き、用済みになった私はまた部屋を追い出されるのであった。
それでも私は姉がいない時間を見計らい、たびたび部屋に侵入した。本棚に『今日から俺は!!』と『SLAM DUNK』があったからである。テレビがゴルフ中継や通販番組しかやっていない休日の午後、姉のベッドに寝っ転がって漫画を読んだ。勝手にクーラーをつけるのも禁じられている2階の部屋に西日の熱がこもり、汗をかいて不快だった。
しかし起き上がって何がしたいわけでもない。『今日から俺は!!』に関しては、いつかTVチャンピオンで「今日から俺は!王決定戦」なんてものがあれば優勝できるんじゃないかと思うくらい、何十ぺんも繰り返し読んだ。別にそんなに何度も読みたかったわけではないが、他に読みたいものがなかった。小学生ながらに「かなり無駄な時間だな」と感じていた。
惰性で『今日から俺は!!』を読むのにもいい加減嫌気がさしてきた私は、本棚にある他の漫画にも手を出してみたものの、『行け!稲中卓球部』やカネコアツシの漫画は小学生には面白さがよくわからなかった。
本棚にはいくつか文庫本もあったが、字が小さい本は大人が読むものだと敬遠していた。それでもとにかく『今日から俺は!!』以外のものを読みたくて、初めて手に取ったのが『ももこのいきもの図鑑』だった。『ちびまる子ちゃん』の作者の本だし、1エピソードが数ページしかないので、文庫本を読んだことのない自分にもハードルが低く感じた。
最初に読んだのは確か、怪我をしたスズメか文鳥を拾ってきてしばらく飼っていた話だった。本を読んで初めて、声を出して笑った。生き物にかんするほのぼのとしたエッセイではあるが、どのエピソードにも毒がちりばめられていて当時の私には新鮮だった。
子供向けに書かれていない本をそんなに面白く感じられるとは知らなかった。勢いづいた私は近所の図書館に行き、さくらももこのエッセイを全部借りて読んだ。同様に、本棚にあった星新一『きまぐれロボット』や原田宗典『こんなものを買った』にもハマり、これも関連著作をほとんど読んだ。
本を読むことが推奨されているからではなく、退屈のあまりやむなく本を読んだ原体験があるのはラッキーなのかもしれない。今では「ネットばかり見ていると頭が悪くなりそうだから本を読もう」と当たり前に考えてしまうが、それは本来の読書ではないはずだという引っ掛かりは残っている。時間が止まったようなあの部屋と本棚をたまに思い出す。本を読む時は、あの時の気持ちでありたい。
