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いまも出会える、大島渚が遺した本棚。神保町〈猫の本棚〉

あの人はどんな本をどんなふうに読んでいたのだろう。いまはもう会えないけれど、その人が遺した本棚を覗けば、不思議と「会える」感じがする。大島渚の本棚を巡ってみた。

photo: Kazuharu Igarashi / text: Izumi Karashima

わかられてたまるか!な本たち

僕は本屋でローレンス・ヴァン・デル・ポストという聞いたことのない作家の『影の獄にて』という小説をふと目に留めました。本の帯に“日本軍の鬼軍曹ハラと……”と書いてあったので、外国人の書いた小説に日本人が出ているというのはちょっと面白そうだ、と思ってそれを買うことになったのが運の尽きでありまして。

「大島渚が語る『戦場のメリークリスマス』」『大島渚 全映画秘蔵資料集成』より。

映画監督・大島渚の蔵書に出会い、購入できる書店がある。神保町にある〈猫の本棚〉だ。

一つ一つの棚に異なる“棚主”がいるシェア型書店。小さくとも濃い「出会い」や「コミュニケーション」の場を作ることをテーマに、映画監督、脚本家、演出家、俳優、漫画家、音楽家、噺家、テレビマン、Kポップ好き、マッツ・ミケルセン好き、さまざまな趣味嗜好の棚主たちが、それぞれの棚を運営している。

現在は全部で150の棚があり、そのうち50の棚は店主の樋口尚文さんによるキュレーション。大島渚の蔵書を販売する〈大島渚文庫〉もその一つ。2022年5月から続いている人気企画だ。

映画評論家であり映画監督でもある樋口さんは10代の頃から大島渚と交流があり、藤沢市鵠沼にある大島邸にもよく出入りしていたという。大島渚とはどんな本を愛読する人だったのかと聞くと、「実は、“正体”を見せない人だったんです」と樋口さん。

「書斎は広いんですが、本棚は小ぶりのものが3つほどあるだけ。しかも棚に並ぶのは、映画の資料やお父さんの蔵書だった夏目漱石全集ぐらい。本当のところは絶対に見せない人。作品もそうですよね。左翼的な作家だと言われているけど、めちゃくちゃ右翼的な人間もキラキラと描く。わからない人です。果たして自分が何者か、“わかられてたまるか!”というのが大島渚ですから」

じゃあ、本来、膨大にあるはずの監督の蔵書は?というと、書斎の隅にある扉の向こうの「魔窟」にあった。「大島家の方々は誰も開けようとしないんです(笑)。2023年の没後10年も迫っていたのでアーキビストとしての血が騒ぎ、“僕が整理します”とパンドラの筺を開けてしまいました」

そこには大島の小学校・中学校・高校・大学時代のもの、助監督時代・監督時代のもの、「こんなものまである!」というものまで、ありとあらゆるものが整理整頓され詰まっていた。「大島さんは整理魔だったんです。本は、思想系、哲学系、文学系などは一通りあり、時代小説や推理小説、大衆小説、奇書、謎のエロ小説も(笑)。岡崎京子の漫画もありましたね」

そして、樋口さんの1年にわたるアーカイブ作業は『大島渚 全映画秘蔵資料集成』(800ページ超、重さ2.1kg超の大巨編)として結実、蔵書の一部は〈猫の本棚〉に並べることに。

「もともと本屋を始めたのは、彗星のように消えてしまいそうな本が、しかるべき人に手渡ってほしいという思いから。うれしかったのは、最近大島さんの『戦場のメリークリスマス』の再上映があり、若い女の子が来てくれたり、アメリカから大島研究者が来てくれたりしたこと。ああ、僕がやっているのはこのためだったんだなって」