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“素”のままの本が収まったハコが理想。アーティスト・長場雄の本棚

ジョン・レノンやビースティ・ボーイズといったカルチャーアイコンのポートレートから、街行く人々のイラストまで。シンプルを極めたモノクロームの線で、その人の温かみやユーモアや空気感をも伝える長場雄さん。緑豊かな住宅地に立つアトリエの本棚には、あえてカバーを外し、色で分けた本が収まっている。一体どうして?

photo: Satoshi Nagare / text: Masae Wako

本が作る風景でアトリエを穏やかにする

一冊一冊が主張する本棚より、本がパッケージされた「ハコとしての本棚」を作りたいから、と長場さん。

「本のカバーは自己主張するためのお化粧だとも思うので、生活空間ではそれを外し、“素”のままで置いておきたい。フラットな状態の本がピシッと収まったハコが理想のイメージです」

棚は英国の〈ヴィツゥ〉製。ドイツのインダストリアルデザイナー、ディーター・ラムスが1960年にデザインした名作だ。前面をぴたりと揃えて並べられているのは、写真集や図録やドローイング集。背表紙には、黒や白抜きの文字で、あるいは触れた指が心地いい刻印で、最低限の情報だけが記されている。主張がそぎ落とされた分、書体や装丁の美しさがスッと目に飛び込んでくるのがすがすがしい。

「一歩離れて棚を眺めた時の景色がきれいだと、その中の一冊ずつも良く見えるし、手に取りたくもなります」

個性を主張するのではなく、個性を抑えることで人を惹きつける。要素を少なくすることで、豊かな奥行きを想像させる。長場さんの本棚は、長場さんの絵が持つ引力にもよく似ている。

「本は創作の源や栄養になるものだから、装丁や手触りも含め、良さそうだと感じたらあまり迷わず買っているかな。でも、すぐに役立つ答えが欲しいわけじゃないんです。見ると落ち着くとか、十数年後に“読んでおいて良かった”と思うかも、ぐらいのフィーリングで選んじゃう。本を買うことに関しては、自分を甘やかしてます」

手に入れた本は、ふさわしい場所を作ってきれいに収めておきたい、と長場さんは言う。とりわけアトリエでは。

「普段視界に入るものは、描く絵にも影響します。気持ちがアップダウンしない穏やかな環境で制作したいので、本棚の景色ってやっぱり大事なんです。本がきちんと並んだハコのような本棚なら目にしても気持ちいいし、ハコに収められていると、大切にされていることも伝わりますよね」

本棚を眺めながら答えが浮かぶのを待っている

ハコとしての本棚だけでなく、本自体も心地よさをもたらすものが好き。例えば、1960年代~70年代にカラー写真の新しい表現を試みた“ニューカラー”のパイオニア、ウィリアム・エグルストンによる最初期の写真集。

「有名な大判の写真集も持っていますが、手が伸びるのはわずか24ページの薄い復刻版。ありふれた日常を写した空気感や構図にもグッとくるし、写真の一点一点が、真っすぐ目に入り込んでくるんです。イギリスの建築家ジョン・ポーソンの作品集も、眺めるだけでうっとりする一冊です。

彼の建築は、細部まで研ぎ澄まされたハコの集積のよう。でも実は、階段の手すりが楕円形だったりして、どこかお茶目なんですよね。来日した際に対談を聞きに行ったら、とてもユーモアのある温かな方で。どれだけミニマルな作品を作っても、そこには人柄が滲(にじ)み出るものなんだな、と共感しました」

一方、正解が掴(つか)めないから面白いのが、コンセプチュアルアートの第一人者、河原温の「Today Series」を扱った写真集だ。「Today Series」は、単色のキャンバスに、制作日の日付だけを白抜きの数字とアルファベットで描いた作品。デイトペインティング(日付絵画)とも呼ばれている。

「作品を所有するコレクターの家やオフィスを撮影した写真集なのですが、ポップアートのような家具と合わせて飾ったカッコいい部屋もあれば、黒革のソファが鎮座するお堅い企業の応接室にも飾られていて、作品と人のつながり方って面白いなあと思います。

出会った時の熱量やタイミングが、その後の両者の関係性にも作用する。偶然出会うものもあれば、必然もあるし、『Today Series』の中に自分の誕生日が描かれた一枚があったら、とてつもなく強いつながりを感じるでしょう。

そもそも日付だけでアートになるってどういうことなのか。僕はハタチの頃にこの作品と出会って、答えがわからないままずっと追い続けているんです。すぐ正解が見えるものとは真逆の存在だから、頭の中にイメージだけが重なり続け、いつかどこかのタイミングでふっとレイヤーのいちばん上に現れるのかもしれない。本棚を眺めながら、その時を待っているような気がします」

アーティスト・長場雄
窓の外に広がる緑と穏やかな環境に惹かれ、2021年から制作拠点にしているアトリエ。