作り足し、使い続けるモジュール式本棚
拠点は京都。日本におけるモダニズム建築の先駆けでありコンクリートブロックの名作住宅、〈本野精吾邸〉を事務所にしている。縁あって借り受けることになったのは5年ほど前。庭に囲まれた1階は主にミーティングスペースで、かつて寝室として使われていた2階のいくつかの部屋に、模型制作や設計のためのデスクが並ぶ。
2階に上がってまず目に留まるのが、木箱を積み重ねた壁一面の本棚だ。上の写真の部屋だけでざっと50箱(写真背面にもある)。事務所内のほかの部屋で使われているものも含めると、トータルで100箱近くになる。木村さんは言う。
「考案したのは、建築家として独立する前の20代半ば。一人暮らしの部屋が6畳と狭く、何にでも応用できる家具のモジュールとして、内寸の高さ約330mm、幅300mm、奥行き350mmの木箱を作り始めました」
高さが330mmあれば、A4サイズの雑誌もレコードも収まる。用いる木材の厚みを12mmとし、外寸の高さを約350mmとすれば、2つ積んで約700mm。一般的なテーブルの高さになる。
当初はその6畳の部屋用に12箱を製作。本棚とレコード棚、テーブルの脚代わりも兼ねた2段の木箱に天板を渡し、その上で図面を描いていたという。
作ってから20年以上経って木の色がだいぶ濃くなった「第1世代」もまだ現役だ。木工用ボンドで仮留めして釘を打つだけのシンプルな造作ながら、強度は見た目以上でスツール代わりに腰かけてもたわまない。背板がないことにも理由がある。
「両面から使えるんですよね。今は壁を背にして置いていますが、以前の事務所は細長い空間だったので、この本棚を間仕切り代わりにしていました。単行本ならば抱き合わせで入れられて便利でした。軽い方が引っ越しもラクだし、組み替えもしやすい」
聞けば聞くほど、よく考えられている。木材はラワン合板で、2人が設計でよく使う材でもあるが、一番の理由はホームセンターなどでも手に入るごくごく一般的な素材だから。必要に応じて同じものを作り足せてこそ、モジュールシステムが生きる。

それにしても蔵書が多い。建築家の著書や設計の専門書が中心だが、美術書、文学書、年季の入った漫画もちらほら。聞けば、自宅の本棚には漫画や小説がみっちりとあり、事務所の庭の倉庫には、古い雑誌も大量にある。「娘も含め3人で買い続けているから、本は増えるばかり」
でも捨てられない。本は捨てたことがないという。そのことにこちらが驚いていると、驚かれることが驚きだ、といった様子で木村さんは言う。「好きな本を手放すという意味がわからないんですよね。本は自分の一部みたいなものなので、捨てる理由がない。子供の頃に繰り返し読んだ本もまだ持ってるし、20代の頃に買った雑誌こそ、捨てられない」
その本への愛着の原点は、父方の叔母からもらった本棚だという。
「小4の時に、同居していた叔母が結婚することになり、私の本棚あげるって、本が入ったまま、もらったんです。安部公房とか筒井康隆とか、小4にはまだわからない小説がいっぱい入っていて、よくわからないんだけど、読んでいるうちにだんだん本って面白いんだなって。実家の周りはミカン畑しかなかったから、僕にとっては、その本棚が世界とつながる唯一の窓。本が〝知らない世界〞を教えてくれたし、雑誌の小さな記事も夢中で読むようになり、ずいぶん影響も受けました」
一方の松本さんも、本が世界を広げてくれた経験を持つ。
「高3の時に美術雑誌をなにげなくめくっていたら、フランスの建築家、ドミニク・ペローの模型の写真が載っていたんです。小さな写真だったんですけど、めっちゃかっこいい!と思い、それで建築を志すことになりました。そういう偶然の出会いとか気づきとか、紙をめくるという行為も含め、本を読むという〝体験〞がもたらしてくれるものの大きさ、そのものを信じているようなところがあります」
その松本さんは最近、本に対する思いがより深くなったと話す。
「本と建築って、似ていると思うんです。本にも建築にも構造がある。まずどうやって入り、どこで視点を広げ、シーンを変え、その中で何を感じてもらいたいのか。素材も関係してくるし、重さや手触りといった身体感覚とともに、そこにしかない体験を作る。ほとんど一緒です。自分たちの図面集を作るにあたり、デザイナーと話をしていても、同じことを考えているんだな、と。もともと本が好きでしたが、そう実感してからはまた違う愛着が湧いて、ますます捨てられません(笑)」
そして、話しながら本棚から取り出した本をしげしげと見て言う。「これも一つの構造物。小さな建築です。そこから立ち上がる時間や経験から得るものは、たくさんあります」
だから本が好きだし、強くゆるぎない構造を持つ本のような、普遍的で長く愛される建築を造りたいと思っている。どう読むか。どう造るか。木村松本建築設計事務所の本のすべてが、2人が目指す建築につながっている。
