先達の仕事に目を通し栄養を注入します
「右がいちばん古いゴジラで、歴史に沿って順番に並んでます。なんだか偏差値の低い本棚でしょ(笑)」
ここは映画監督・樋口真嗣さんの仕事場。アイデアを練ったり、プラモデルを作ったり、映画の編集作業を行ったりする場所だ。従って、本棚には映画にまつわる本が並ぶ。手に取りやすい位置には宮崎駿の絵コンテ集も。
「勉強になります。宮崎さんは、映画を作り始めるときに、絵コンテをほぼ仕上げるんです。普通は作りながら最終形に持っていきますが、宮崎さんの場合は最初からすべてが決まっている。いい意味でイカレてますね(笑)」

では、この本棚から樋口さんがピックアップした本について話を聞こう。
「まずは、幼稚園児の頃に熟読していた『原色怪獣怪人大百科』。特撮の怪獣・怪人が五十音順で紹介されているんですが、これって本じゃないんです」
どういうことかと開けてみれば、A3判の厚手の紙に怪獣・怪人の写真とスペック、あるいは分布図などが両面印刷されており、それを八つ折りにした状態で二十数枚。箱には「370ぴきがせいぞろい!」とある。しかも、この本の企画・編集・解説を担当したのは、ノンフィクション作家になる以前の佐野眞一だったというから驚く。
「『ウルトラマン』とか『仮面ライダー』とか、あの頃の世の中には僕が夢中になれるものはそれしかなかった。だからこの図鑑を貪(むさぼ)り読み、怪獣・怪人を全部覚えて。もっと大切なことを覚えなくちゃいけない時期に、余計な情報で脳を埋めちゃいました(笑)」

1971年刊行。映画『ゴジラ』から当時最新作だった『ミラーマン』まで歴代の映画や特撮テレビドラマに登場した怪獣や怪人を紹介。子供たちに爆発的な人気となる。当時6歳の樋口さんはこれを貪(むさぼ)るように読み、頭の中は怪獣・怪人でいっぱいに。この本を企画・編集・執筆したのは若き日の佐野眞一。勁文社/絶版。
三つ子の魂百まで、である。そんな怪獣・怪人大好き少年が小学生になり、次に興味を持ったものはというと。
「『もしもの世界』。僕が小学生だった1970年代、五島勉の『ノストラダムスの大予言』や小松左京の『日本沈没』が大流行して、僕が大人になる頃には人類は滅亡するんだと信じてた。この本にもそんなことが書いてあるから、やっぱり!って(笑)」
「もしも太陽がなくなったら」「もしも宇宙人がやってきたら」「もしも富士山が爆発したら」。『もしもの世界』にはそんな話が劇画タッチの漫画とともに紹介されている。じゃあ、こういった本を入口にSF好きに?
「実は僕、こういう本は読めるんですが、小学生の頃は物語や小説をまったく理解できなかった。思春期になってようやく、“村上龍、面白いな”って。『コインロッカー・ベイビーズ』は俺の話じゃないか? って(笑)」
3冊目は敬愛する映画監督、スタンリー・キューブリックの全作品アーカイブ集。フィルムから取った高精細スチールと解説で構成されている。
「書見台がないと読めない大きさと重量なんですが、よく眺めてます。キューブリックの映画を初めて観たのは高校生の頃。『2001年宇宙の旅』のリバイバル上映。先輩に“絶対観た方がいい”と言われて観に行って。これは一体なんだ?と。残酷を超えた残酷というか。衝撃を受けましたね」
ちなみに、樋口さんが映画の世界に興味を持ったのはいつからだろう。
「中学生の頃、CMの仕事をしていた叔母が東宝スタジオに連れていってくれて、特撮の現場を初めて見たんです。当時、『スター・ウォーズ』が公開され、日本の特撮映画はショボいと言われるようになって。特撮好きの僕はモヤモヤしてたんです。
そんなときに見学して。“やっぱホンモノはすげえ!”と。それからたびたび見に行くようになり、同級生も“すごいから一緒に見に行こう”って誘うんだけど、“怪獣映画はダサいよ”。そういうルサンチマンが積もり積もって現在に至るわけです。“今に見てろよ!”って」
先輩たちの仕事の先を僕がやらなくちゃと
「そしてこれは映画人必携のバイブル。特撮の先輩の本で、VFXとは、映画とは、が記されているんです」VFXのスペシャリスト古賀信明著『もう、誰も教えてくれない 撮影・VFX/CG アナログ基礎講座 I』。
「なぜ映像は人の目に見えるのか、なぜ夕日は赤く見えるのか、光とは何か。まずそういう説明から始まるんです。というのも、今は技術が進み、アナログでやっていたことをやらなくてもよくなった。すると“なぜそうなのか”が抜け落ちていく。古賀さんはそこに憤りを感じ、それがこの本を執筆するモチベーションになった。僕もこの本を読むと教えられます。そういう意味では、この作品集もそう」
『燃えよドラゴン』『ブレードランナー』『ダイ・ハード』……。60年代から90年代まで、記憶に残る数多くの映画広告をデザインしたグラフィックデザイナー・檜垣紀六の作品集だ。
「とにかく目を引くタイトルデザインが秀逸。『時計じかけのオレンジ』はその象徴。原題をうまく翻訳してるんです。やっぱり、先達の知恵や経験、技術、哲学は忘れちゃいけない。ただ僕は、河童のお皿ですぐに乾いちゃうんです。だからこういった本にたびたび目を通して栄養を注入する。すると、そうだ、俺は映画を作りたかったんだ、と初期衝動が蘇るんです。この人たちの仕事の先をやらなくちゃなって」






