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作家、エッセイスト・平松洋子の、絶対に捨てられない1冊。深沢七郎『みちのくの人形たち』

ずっと本棚に並べておいて、時折開きたくなる本がある。幼き日に世界を広げてくれた児童書に、不思議な縁で結ばれた小説、自分の指針となった哲学書。作家、エッセイスト・平松洋子さんの、どうしても手放せない1冊とは。

illustration: Fukiko Tamura / edit: Emi Fukushima

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圧倒された小説と不思議な縁で再び邂逅

タムラフキコ イラスト
『みちのくの人形たち』深沢七郎/著
人里離れたある村で受け継がれてきた出産にまつわる不気味な奇習を主題とした短編小説。私家版は、著者自らが立ち上げた小さな出版社〈夢屋書店〉から1979年に刊行されたもの。蛇腹折りの特殊な製本も、著者によって一冊ずつ行われた。夢屋書店/絶版。

同じタイトル、同じ著者、異なる造りの本が三冊、隣り合わせて書棚に並んでいる。

『みちのくの人形たち』深沢七郎

三冊それぞれ、二十代から数十年のあいだに出会い、折々に買い求めてきた。各本の奥付の一部を、手に取った順に書き写す。

〈単行本〉
昭和五十五年十二月二十日初版発行
発行者 高梨茂
発行所 中央公論社

〈文庫〉
1982年11月10日 初版発行
2021年5月25日 改版発行
発行者 小林敬和
発行所 中央公論新社

〈私家本〉
1979年8月1日
発行者 深沢七郎
発行所 夢屋書店

最初に単行本を買い求めたのは、たしか大学を卒業してすぐの頃だ。深沢七郎の小説はすでに何作か読んでいたが、函の意匠(全面に東北の民具の画が配されている)に惹かれ、収録七作を「読まなくちゃならない」と思ったのだった。

表題作「みちのくの人形たち」が谷崎潤一郎賞受賞作とは知らずに読んだが、一読、戦慄した。「そのヒトが私の家へきたのは日曜日のしずかな午後だった」の一文で始まり、「私」はもじずりの花に導かれ、人里離れた山中を訪れる。その集落ではお産が近づくと村人が屏風を借りにくる奇習があり、「私」を泊めた家は屏風にまつわる宿業を抱えていた──時空の割れ目から生の暗闇を覗きこむ心地に慄(おのの)き、とんでもない小説を読んだ興奮や驚きに打ち震えながら、小説の力にひれ伏した。

自分にとって大切な本は、単行本と文庫の両方を手もとに置くのがいつもの習慣なのだが、「みちのくの人形たち」との関係には、さらに次幕があった。

十年ほど前、福岡の露天古本市を散策していたときだった。晴天の日曜日だと記憶している。路上に並ぶ古本入りの木箱を物色していたら、ビニール袋入りの細長い物体が目に飛びこんできた。長さ十八センチ、横幅七センチ、厚さ一センチ。日焼け気味の白い厚紙の表紙に、黒字で一行「みちのくの人形たち」。

私は「あっ」と声を上げた。震える指で中身を取り出すと、それは経本のような蛇腹開きの一冊だった。開くと、右頁に七行、左頁に七行。蛇腹を右に繰りながら十四行ずつ読み進む仕様で、驚くことには、裏側にも後半が印刷されている。

「そのヒトが私の家へきたのは日曜日のしずかな午後だった」の一文で始まる一編の小説が、経本のなかに収められている衝撃。発行者と発行所は、先に記した通りだ。奥付の右頁、自筆の細い文字が遠慮がちに印刷されている。「この一篇を我が心の友のかたがたに捧ぐ 深澤七郎」

福岡の路上で、私はふわふわと宙に浮いた。稀な遭遇。私家版に託された心情。「みちのくの人形たち」という小説が放つ強烈な磁場。かくして揃い踏みした「三つの一冊」から、私は今日まで逃れられずにいる。

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