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注ぐことで完成する味がある。ビール界の「注ぎの名人」が対談

「注ぎの名人」といわれる〈ビアライゼ'98〉の松尾光平さんと、松尾さんを「心の師」と仰ぎ、日本のビール文化を伝える〈ブラッセリー・ビアブルヴァード〉の佐藤裕介さん。互いの店を訪ね、“注ぎ”で決まるビールの味わいについて語ってもらいました。

Photo: Satoko Imazu / Text: Kei Sasaki

松尾光平

日本の生ビールは、大手企業が経営する居酒屋が、全国でチェーン展開を始めた1980年代半ばに大きな転機を迎えたよね。

佐藤裕介

入店1日目のアルバイトスタッフでもビールをげるよう、メーカーが簡易サーバーを開発。生ビールが一気に普及したんです。

松尾

裏を返せばそれだけ難しい、扱いに注意を要するものだということ。だから昔のビアホールには“注ぎの達人”なんて呼ばれる人がいた。私の師匠、〈灘コロンビア〉の新井徳司もその一人。職人の注ぎ方を伝えたいと開いたのが今の店です。

佐藤

今では「松尾ぎ」の名でファンに親しまれていますよね。私も「松尾注ぎ」から多くを学ばせていただきました。一方で、日本に生ビールの土壌を作ってくれたメーカーにも敬意を抱いています。だから、メーカー推奨の「シャープ注ぎ」、松尾さんへのオマージュの「松尾注ぎ」、そして自分で試行錯誤して辿り着いた「佐藤注ぎ」、1種のビールを3つの注ぎ方で提供しています。

松尾

ビールごとにふさわしい注ぎ方があるというのが私の考え。「注ぎ分ける」なんて邪道だ(笑)。

佐藤

まあ、まあ。「松尾注ぎ」の話をしましょう。その前に、扱うビールの話もしないとですね。

松尾

私が提供するのはアサヒ「樽生エフ(以下マルエフ)」。スーパードライの前身にあたる銘柄で、炭酸が穏やかで、エキス分が凝縮している。発売当時のコピー通り「コクがあるのに、キレがある」味。

佐藤

その「キレ」の部分を磨き、ライトで爽快感を強調したのがスーパードライ。簡易サーバーの登場とほぼ同時期に発売され、1997年には国内シェアナンバーワンに。世界中で愛される、日本の生ビールのスタンダードです。私はこのスーパードライを提供しています。

松尾

私が「マルエフ」にこだわる理由は2つ。一つは、師匠が扱っていて、私にビールのおいしさを教えてくれた銘柄だから。もう一つは、液種で勝負したいから。炭酸を抜いた状態でおいしいのはどちらかと考えると「マルエフ」に軍配が上がる。シャンパンでも、いいものは泡が抜けてもおいしいって言うでしょう。

佐藤

糖分などのエキス分や苦味は、マルエフの方が豊かですよね。

“注ぎ”で炭酸を整え、ビール本来の味に近づける。

松尾

で、ようやく注ぎの話に。スーパードライよりも炭酸が穏やかな「マルエフ」を、注ぎ方でさらに炭酸を抑え、液種そのものの味に近づけるのが私の注ぎ方です。

佐藤

基本は二度注ぎ。まず勢いよく注いで炭酸を抜きつつ泡を作り、2度目にゆっくり注いで液体に炭酸を溶け込ませる、ですよね?

松尾

そう。炭酸の刺激を控えめに“整え”、ほのかな甘味と、角の取れた丸い苦味の調和を目指している。

佐藤

久しぶりに松尾さんの「松尾注ぎ」をいただいて、しみじみ「優しい味」だなぁ、と。

アサヒビール松尾注ぎ
〈アサヒ〉「樽生Ⓕ」¥715。炭酸の爽快感よりビールの旨味を感じる「松尾注ぎ」で。

松尾

ビールってどんな味か聞くと、だいたいの人が「苦い」って言うでしょう。ホップを使っているから苦いのは当然、でも苦味が前面に出てしまうようでは杯を重ねられない。

佐藤

私は甘味からアプローチして注ぎを考えたんです。なぜビールを甘く感じるんだろうと突き詰めて考えると、炭酸ガスの存在に行き着く。炭酸は文字通り酸を含み、舌に刺激を与えるもので、甘味や旨味を抑え込んでしまう。コーラも炭酸が抜けるほど甘く感じるじゃないですか。

松尾

そうだね。強い炭酸ガスは、その他の要素をマスクしてしまう。

佐藤

甘味と炭酸ガスの関係を自分なりに突き詰めたら、松尾さんの背中が見えたというか。だから私の3つの注ぎは、基本、炭酸のガス圧のコントロール。炭酸をまったく抜かない「シャープ注ぎ」、炭酸をしっかり抜く「松尾注ぎ」、その中間の「佐藤注ぎ」という位置づけです。

スーパードライを注ぐ佐藤さん
メーカー推奨のごく一般的なサーバーで日本一のスーパードライを注ぐ佐藤さん。

松尾

ちゃんと筋が通っている。きれいに泡さえのせりゃいい、みたいな注ぎ手には辟易するけれど。

佐藤

泡が3、液体が7の黄金比が美しいと感じるのは、チェコが起源のピルスナー文化の宿命です(笑)。

松尾

ともあれ、佐藤くんらがビールの「注ぐことで完成する味」を継承、発信してくれるのはありがたい。

佐藤

今日、私がお出しした「佐藤注ぎ」はいかがでしたか。

松尾

私は飲み方がうまいから(笑)。すするように飲んじゃダメ。グラスの下の方を持って傾けて、底から液体を持ち上げるように飲み、泡を残すのがうまいビールの飲み方。で、飲むとまずまずなんじゃない?

佐藤

松尾さんの“辛口”にはスーパードライもたじたじですよ。

これからの時代に問われる、注ぎ手の仕事。

松尾

生ビールは決して高貴な酒じゃないけれど、実はほかのどのアルコールよりデリケート。提供する側はそこに意識的でないといけない。

佐藤

ビールの品質は工場出荷時がピーク。樽の管理などを徹底し、いかに本来の味を損なわずに提供するかが重要。爆発的な普及の陰で、技術は不要と、雑な扱いが常態化してしまったことには危機感を覚えます。

松尾

ビールの完成度は高くても、お客様の口に入るまでに機材を通り、グラスという器を必要とするわけで。

佐藤

注ぎというと、技術や所作の話になりがちですが、セミナーの講師を引き受けたとき、最初に話すのはグラスの洗浄について。「注ぐ」より前に大事なことは無数にある。

松尾

長く消費の拡大に支えられて「とりあえず」という立ち位置に甘んじてきた生ビールだけれど、もう漫然と飲む時代は終わりだよね。

佐藤

いかに付加価値、お客様の満足度を高められるかが、ますます重要になってきますよね。

松尾

私が師匠から譲り受けた氷冷式サーバーを使い続ける理由もそこに。昭和24(1949)年から72年間現役。古いものには物語がある。

佐藤

「サーバーを眺めながら飲む一杯がたまらない」というファンが、たくさんいらっしゃいますから。

松尾

ビールは生き物。怒るし泣くし暴れもする。でも最後に笑わせてお客様に届けるのが我々の仕事。

佐藤

ビールの声を聴け、ですね。

ステンレス製の氷冷サーバー
ステンレス製の氷冷式サーバーは、現存する氷冷式サーバーの中では最古のもの。