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ビールだけじゃなく、コミュニティが生まれる空間。パブカルチャー対談

日本のブリティッシュパブの先駆〈ジ・オールゲイト ブリティッシュパブ〉花香裕之さんと、英国でビール醸造を学んだ〈ハイバリー ザ・ホーム・オブ・ビア〉安藤耕平さん。互いの店のオリジナルエールを飲みつつ、パブとビールについて語ります。

Photo: Satoko Imazu / Text: Kei Sasaki

花香裕之

安藤くんがうちに初めて来たの、もう15年くらい前かね。

安藤耕平

はい。ビールの仕事がしたくて、軽井沢の〈ヤッホーブルーイング〉に面接に行った帰りです。担当者に「東京でリアルエールを飲める店」を何軒か聞いて、ここだ!って。以来ずっと、大好きな店です。

花香

テレるじゃない(笑)。その担当者こそ、私がビールを始めるきっかけを作ってくれた人。重たいハンドポンプを担いで「リアルエールを置いてくれないか」って営業に来たんだもの。すぐにやろうって思って〈麦酒倶楽部ポパイ〉の青木辰男さんに教えを請いに行ったんです。

安藤

日本のクラフトビール界のパイオニアですよね。

花香

空冷式(ビールを樽ごと冷やす)サーバーとガス圧調節可能なタップを組み合わせた、今のビールサーバーを作った人。

安藤

当時そのシステムは〈ポパイ〉と花香さんの店にしかなかった。

花香

うちはビールの店と思ってやってないんだけどね。ビールは、音楽やサッカー、フードと同列。

安藤

〈オールゲイト〉で、リアルエール飲みながらアーセナルの試合を観戦したときは最高でしたね!

花香

出た、アーセナル!

安藤

僕はアーセナルを追いかけて渡ったイギリスでパブに出会い、ビールを仕事にした……って、その話をするには一晩必要ですから(笑)。さておき、うちはサッカーじゃなく、ニュースを流しています。お客さんとの会話のきっかけにもなるから。サッカーでもニュースでもいいけれど、それがパブというか。ビールだけじゃなく、コミュニティが生まれる空間を提供したい。

ブリティッシュパブに、あるべきビールの形とは。

花香

でも安藤くんは、ビールをちゃんとやってるじゃない。

安藤

業界でも相当な“変わり者”枠に属している自覚はあります。

花香

専用セラーを店に作って、カスクコンディションエール出している店なんて日本にないよね。

安藤

知る限り、僕のような形でやっている店はないです。カスクは「樽」、カスクコンディションエールは、樽内二次発酵ビール。工場から出荷後も発酵が続いていて、店でコンディションを整えて提供する。イギリスのパブには「セラーマン」という、管理専門の仕事があるほど。

花香

それをランドロード(パブのオーナー)が兼ねているわけだから。

安藤

醸造所から届いたビールをパブで完成させる。同じビールでもパブごとの味がある。そのアナログさこそイギリスのビールの、そしてパブのカルチャーだと思っています。

花香

でも本国でさえ少なくなってきているでしょ。

安藤

はい、悲しいことに。僕は、店を開いて3年目から提供を始めました。これからも地道に、カスクエールの市場を育てていきたいです。

花香

やっぱり変わり者だよな。

安藤

花香さんに言われたくない。

花香

うちはオヤジギャグ専門店。〈ベアードブルーイング〉とコラボして、「ベアードビアードビア」なんて限定ビールを作ったり。その名の通り髭(ビアード)のビール。髭に泡つけて飲んでくださいって、女の子には付け髭添えて出したり。

安藤

ホントおかしい。でもマジメな話をすれば、今のビール消費者の嗜好は、どんどんストーリー重視になっているじゃないですか。どんなビールか、どれだけ目新しいかを追い求めるというか。我々は、ビールそのものより空間と人重視ですよね。

花香

ビールではなく、ビールがある場所、時間を売っている。だからビールは定番重視。「いつもの」がある店でありたい。うちなら〈スワンレイク〉で醸造するオリジナルエールとポーター。ビール業界はアメリカのIPA全盛だけれど、ライトでスムーズなイギリスのビールが多い。一応ブリティッシュパブだし、飲み疲れず飽きない気がするから。

〈スワンレイク〉で造る「オールゲイトエール」1パイント¥1000。

安藤

うちは、ラガーと、〈籠屋ブルワリー〉で僕が醸造する3銘柄のカスクコンディションエールのうちの一つは常に置いている。お客さんは好きなものを5杯も10杯も飲む。

安藤

常連が店に入ってきたら、オーダーを訊(き)かずその人のビールを注ぎ始める、みたいな。

花香

イギリス人も同じもの、自分のお気に入りしか飲まないよね。

スタイルだけじゃない、パブに流れる時間を作る。

安藤

しかし久しぶりにお邪魔して、〈オールゲイト〉は、かっこいいな、と。真似のできない空間力。

花香

店を作った頃はブリティッシュパブなんてなかったし、ネットもない。物件のスケルトン(内装設備がない)の写真をトレースして、自分で内装のイメージを描いて、イギリスのパブの写真が載ってる本と一緒に大工に見せて作った。

安藤

でも〈HUB〉(英国風パブチェーン)はあったでしょう?

花香

あったけれど、あそこは豪華ヴィクトリア調。金がかかってて真似できない。うちはチューダー様式。壁の柱や梁(はり)に特徴があるよね。

安藤

うちもチューダー! って〈オールゲイト〉のパクリですけど(笑)。花香さんがふらっと来られたときはビックリしましたよ。

花香

2年前かね。それ以来だけど、うちとも現地の完コピとも違う、いい店になっているよね。

安藤

おお、嬉しいです。イギリスにいた頃、仕事仲間に「いい店を教えてくれ」って聞くと「グッド・パブか、グッド・ビアか」と聞き返された。グッド・パブは、重厚なしつらえの、空間が素敵な店。後者はビールそのもののクオリティを追求した店。できればその両方を目指したいと思ってやってはいます。

花香

私は、パブは目的地じゃなく、ルーティンであるべきだと思っている。うちの店はそうありたい。

安藤

それには賛成です。ビールがあるから人が集まるんじゃない。空間に人が集まるから、ビールが必要。ライバルは漫画喫茶。やることないな、というとき〈ハイバリー〉でも行くか、と思われる店でありたい。

花香

一杯でも長居しても。一人でも、居合わせた誰かと合流しても。心地よく過ごせるのがパブだよね。

モーリッシュ
ビタースタイルのカスクコンディションエール「モーリッシュ」¥1,300~。
泉州水茄子とモーリッシュ
アーセナルの名将・ベンゲルの彫刻と、フードの定番・泉州水茄子(夏期限定)。