小栗絵里加
お酒は楽しく飲んでほしいので、バーテンダーとしては罰ゲーム的な飲み方はしてほしくないですね。例えば、お酒の弱い女性に無理やり強いアルコールを飲ませようとする男性などは最悪。隣のお客様に声をかけるのも、時と場合によりますね。一方的に絡んだり、明らかに相手が迷惑そうにしている時は、スタッフがさりげなく会話を遮るようにして止めています。
野原健太
例えば会話をしている時に、自然と別の席の方が交ざることもあると思います。でもカウンターの向こう端の方の会話に対して、手前の席からボソッと、「それ知ってる」とか、「それ違うよ」なんて一人ツッコミをされてるお客様がいると、僕は無言の圧力をかけて制すると思います。
小栗
そういうお客様いますよね。
野原
守ってほしい店のルールは、それぞれありますからね。
ロジェリオ 五十嵐 ヴァズ
僕のお店は比較的カジュアルな雰囲気のせいか、「この店にぴったりの曲を知ってるから、僕のプレイリストを流して」というリクエストが結構あるんですよ。多くの人がスマートフォンに、自分が好きな曲だけを集めたプレイリストを持ち歩いている時代ですからね。
でも、あなたにとって良い音楽かもしれないけど、ほかの方にはそうじゃないこともあるのでお断りしています。あと、カウンターでのパソコン作業も店の雰囲気を壊してしまうから、控えていただいていますね。
小栗
最近多いのは、大音量でYouTubeを流す若い方。
野原
再生ボタンを押しそうになったら、「押さないでください」と、僕はすぐに止めますね。周りの方も、この店でそれはないだろっ、と同じように感じていると思うんです。そこで僕が言わないと、ほかのお客様の信頼を裏切ることにもなりますし。
ロジェリオ
うちのお店ではあまり見ませんが、乾杯はどうですか?
野原
やはり、無言の圧力で断固阻止するでしょうね(笑)。
小栗
高いグラスを使っているお店も多いですからね。特に酔いが回っているお客様が勢いよくグラスをぶつけて、かんぱ〜い!バリーン!ってよくあります。
野原
その中に一人でも、バーにおける常識人がいれば、乾杯はダメだよって言ってくれますもんね。
小栗
バーでは、グラスを持ち上げて目で乾杯、が正解ですね。割れたらお客様も汚れちゃいますし。
野原
だから僕は、やっぱり言います。グラスが割れちゃうので乾杯はしないでくださいね、って。そうすると次いらっしゃった時に「ここね、乾杯しちゃいけないんだよ」って小声で話してるんですよ。そういうのを見ると、微笑ましく思います。
60代くらいの親父さんが叱言を言われてもまた来てくれるなんてキュンとしちゃって、優しくなら乾杯してもいいですよと言うと、すごく小さく「チーン」って。
小栗
よっぽど乾杯されたかったんですね(笑)。
野原
だから、もうちょっと大きい音でもいいですよと言うと「チンチ〜ン」って。その瞬間、2回はダメよって、また叱言言っちゃいましたけどね(笑)。
小栗
加減が難しいですね(笑)。場所柄、子供の頃映画で見たような、「あちらのお客様からです」みたいに、初めて会ったお客様にお酒を奢るようなシーンって、目撃したことあります?
野原
現実にはそうそう起こらないですよね(笑)。
ロジェリオ
そうですか⁉うちはないことはないですね。
野原
ないことないんですか⁉仮に自分がお客で飲んでいて、知らない人から飲み物が届いたら、少し怖いと思うかもしれない。
ロジェリオ
海外からのゲストが多いためか、ゲスト同士で仲良くなることはよくありますね。
野原
決して隣同士で仲良くなってはいけない、ということではないですからね。たまたま今日はいいことがあって気分がいいので、「一杯どうですか?」というのは綺麗です。でもそこで一緒に帰ろうとするのではなく、「では僕はお先に」と言ってさらりと帰るのがスマート。
小栗
それは素敵!
ロジェリオ
紳士ですね。
野原
まぁ、タイミングと節度を守っていただくということで。
バーテンダーは見た!
まだまだいるよ、珍客上客
野原
バーでは素敵なお客様にも出会いますよね。とある女性なんですが、毎回ハンカチをカウンターに出すんです。いつも手首の下に置いていて、何に使うでもないんですよ。なぜだろうと思ってたら、時計でカウンターが傷つかないようにしてくれていたんです。
小栗
それは素晴らしいですね。
野原
その配慮はすごく感動しました。そのくらい大切に思ってくれているという意識が嬉しいですよね。
小栗
カウンターの上にカバンを置くだけでも、少し傷がつきますしね。
野原
カウンターは仕事をする場所として、すごく大事です。お代わりを出すタイミングで、たまに空いたグラスをコースターから外してわざわざカウンターに着地してくださる方がいますが、バーテンダーに任せていただいた方がスマートです。
小栗
手伝ってくれる気持ちはとっても嬉しいんですけどね。
野原
グラスって汗をかいてビショビショになるじゃないですか。それをカウンターに着地させたらカウンターも濡れてしまう。ちょっと嫌みですけど、僕はそのグラスをもう一度コースターに戻して、カウンターを一回拭いて、それから、新しいグラスをコースターの上に置きますね。
ロジェリオ
皆さん、なかなかハードルが高いですねぇ。
小栗
でも、例えばボトルなど、お店のものを触る時や写真を撮る時は、普通にマナーとして最初に一言声をかけてほしいですもんね。
野原
もう一つ、お酒には程よい飲み頃があると思うんです。氷が溶け切っているのに、いつまでも飲まずに放置されているのは、ちょっと残念ですね。僕は頑固親父的に、お客様に色々言ってしまいますが、ごく常識的なことさえクリアしていただければ、バーって実はすごくアットホームな空間になると思うんです。
ロジェリオ
その通りですね。それなのに、たまにアットホームの解釈を間違えている人がいるから困ってしまうんです。カウンターに足を上げて組んじゃう女性とか。くつろいでいただけるのは嬉しいけど、ここはあなたの家ではないですよ、と。
良いバーを作るのは
お客とバーテンダーの空気感
野原
バーテンダーが思う、良いバーの条件とは?という質問もよくされますけど、一口で表現するのはすごく難しいですよね。
小栗
居心地のよさというのも、人によって違いますから。
ロジェリオ
ビールを飲みたい日もあれば、強いカクテルが飲みたい日もある。その日の自分のモードによって行きたいバーは変わりますしね。
以前、古い街場のバーにふらりと入った時の話なのですが、僕はビールの泡があまり好きではないので、若いスタッフの子に泡なしのビールを頼んだんです。それから忘れた頃にまたそのバーに行ったら、何も言わないのに泡なしのビールが出てきたんですよ。その瞬間、そこは僕にとって世界一のバーになりました。すごくシンプルなことなんですけどね。
小栗
「結構飲んできたんです」という方に、すごく優しいカクテルを出してくれるとか。あまりお酒が飲めないけれど、仕事のお付き合いで来られていて言いづらそうな方に、お連れの方に気づかれないように、ノンアルコールカクテルをさらりと出してくれるとか、機転の利くバーテンダーさんは素敵ですよね。
野原
まさにそういうことですよね。とても共感します。
小栗
例えば接客のスタイルとして、すごく話しかけてグイグイくる店員さんもいれば、心地よく話しかけてくる方、必要以上に話しかけてこない方と、色々いらっしゃる。良い悪いではなく、その日のお客様のテンションで感じ方も違ってきますから、それをちゃんと汲み取ってくれるバーテンダーはいいですよね。
この人、いつもはすごくしゃべるけど、今日はそっとしておこう、とか。自分たちも、毎日同じ接客をしていてはダメだなと思います。
野原
とても難しいポイントですよね。全然会話したくない日もあれば、すごく聞いてもらいたい時もある。そこをいかに察するのかがバーテンダーの加減。お客様の喜怒哀楽に寄り添うのがこの仕事だと思っているので、自分の心にも余裕を持っていないと務まりませんよね。
ロジェリオ
まず、お客様一人一人がそれぞれバーに来た目的は何か?を注視します。そのうえで、店は暑いか暑くないか。この空間に満足していらっしゃるか、そうでないか。そういう状況に、耳と目を常に配らせています。
小栗
お客様のことは見ていないようで見ているし、聞いていないようでしっかり聞いていますからね、バーテンダーは。
野原
逆に、目の前ですごく真剣な話をされていても、「そうですよね」と相槌を打ちながら、一番奥の席の会話が気になっちゃって、実はあんまり聞いていなかったり、とか。
小栗
わかります!それも、バーテンダーあるある(笑)。
野原
自分たちがお客として行った時も、カウンターの向こうに聞こえているとわかっているはずなのに、ついそんなことは忘れてしまう。カウンターにはそういうマジックがありますね。
小栗
自分たちの世界になっちゃう。それこそ、バーでリラックスできている証拠ですね。
バーで知っておきたい基礎知識
「グラス」
侮れないのがグラス選び。
香りと喉越しの違いは歴然。
カクテルはグラスによって味わいが全く変わります。口径が狭いフルートグラスはアルコールがストレートに口の中に入ってくるのでギムレットなどのキリッと酸味のあるカクテル向き。ショートタイプのカクテルでよく使われるカクテルグラスは、マティーニやマンハッタンなど余韻を楽しむ王道カクテルにぴったりです。口径が広いと香りも広がるので、舌全体に味わいが回り、香りをより芳醇に感じられます。
バーボンなど甘味を感じたいお酒はワイングラスや丸みのあるカクテルグラスで。口の中に滞留する時間が長くなるので温度が上がり、鼻腔に戻る香りと相まって、渾然一体となった甘味は格別です。コリンズグラスと呼ばれるトールスタイルは軽やかな喉越しの、さっぱりしたカクテルにおすすめ。同じカクテルを違うグラスで飲んでみると、その味の違いに驚くはずです。
バーで知っておきたい基礎知識
「バリエーション」
古今東西、温故知新。
カクテルの幅は無限です。
ミクソロジーの台頭で、ますます広がりを見せるカクテル事情ですが、昔から様々なスタイルが存在しています。かつて日本でも、蓋を開けた瞬間いつでもどこでもカクテルが楽しめるボトルド・カクテルが一世を風靡しましたが、最近ではカクテルをスタイリッシュなボトルに詰め、氷入りのグラスと一緒にサーブするバーや、ビヤタップのごとく、サーバーをひねるだけでフレッシュなカクテルが楽しめるタップ・カクテルがロシアあたりでじわじわと人気だとか。
一方、ノンアルコールのカクテル=モクテルからも目が離せません。スピリッツの代わりにハーブやフルーツなどのボタニカルエキスを漬け込んだコーディアルウォーターを使うことで、スピリッツにまるで劣らない深みと複雑味のある香りと味わいが生まれます。日本でもモクテルが充実したバーが増えています。