小栗絵里加
バー初心者の方にとっては、まずは注文の仕方から困るみたいですね。うちのお店もですが、特にメニューのないバーでは、何をどんなふうに頼んでいいのかわからない、と。野原さんなら、初心者の方にどんなふうに対応されますか?
野原健太
お食事前ですか?喉は渇いてますか?嫌いなものありますか?というところから始めますね。そうすると会話をしながら一緒に飲み物を決められるじゃないですか。メニューがないことにも意味があるんです。高いお金を出していただいている分、僕らをメニューと思ってこき使っていただきたいですね。
ロジェリオ 五十嵐 ヴァズ
とりあえず知ってるカクテル名を言ってみたのかな?と思う方もいますよね。お酒が強くなさそうな女性にドライマティーニとか頼まれると、結構強いよ、大丈夫?と、ちょっと心配しちゃう。
野原
そうそう。一口飲んでクーッって顔されると、やれやれ……って。
小栗
ありますよね。昔メニューのあるお店に勤めていた時、若い女性が「あ、マンハッタンて聞いたことある!」と言って、注文されたんです。確か連れの男性はスプモーニで。結局、女性が「飲めな〜い!」と言って交換していましたもん。わからないものはちゃんと聞いてから頼まないと、ね。全然恥ずかしいことではないので。
野原
何より、初級者の方は遠慮せずにはっきり言った方がいいと思います。「バーは初心者なんですけど、ちょっとお酒を楽しんでみたいので」、という感じで来てくれた方がすごくやりやすいですし、お客様にとっても幸せな気持ちで帰れる可能性が高くなると思う。
小栗
注文の時によく言われる「お任せで」はどう思います?
野原
うちでは、「お任せ」と言った方には責任を取ってもらいたいですね。だから僕はすごくシリアスに聞き返しますよ。「本当にお任せでよろしいんですね?」 と。
小栗
ハハハ。面白い!
野原
例えば汗だくで入ってこられたお客様がいたら、何かさっぱりしたものが飲みたいだろうな、と思うじゃないですか。それなのにお任せと言われたら「本当に任せて大丈夫ですか? カルアミルクでもよろしいんですか⁉」って思っちゃいます。
まぁ、そんな意地悪はしませんけれど(笑)、「お任せ」は、何が出てきても飲めるということですから。
ロジェリオ
任せてくれるのは嬉しいですけれど、いくつかのヒントがあると助かりますよね。
野原
そうそう。だからこちらも、ヒントを聞き出そうと頑張る。例えば女性だったら、季節のもので何かお作りしますか?「それじゃあ、フルーツがいい!」。今の季節でしたら、桃やキウイなどはいかがでしょうか?「桃がいい〜♡」。
では、シャンパンの入ったべリーニというカクテルがありますが、いいですか?「あ、私、炭酸ダメなのぉ」。って、全然任せてないじゃん(笑)。
小栗
すごくわかります。それ、バーテンダーあるある!何を飲まれるかは、本当にお客様の自由ですけれど、「何でもいいからお酒ちょうだい」「酔えれば何でもいい」というスタンスよりは、やはりバーテンダーとして、よりおいしいもので満足していただきたいという思いはありますから。
野原
“お任せ”ではなくて“わがまま”を言ってください、といつも言います。好きなもの、飲みたいものがなければせめて苦手なものは教えてもらいたいですね。テキーラはダメとか、さっぱりしてるものなら何でも!とかね。
ロジェリオ
それが会話のきっかけにもなります。
小栗
一方で、ジントニックはそのお店の味がわかるとか、モスコミュールは店のこだわりが出ると言いますね。漬け込んでいるとか、自家製シロップを使っているとか。わりと知られているカクテルなので、初めてのお店で1杯目に頼んでみるのはいいかもしれないですね。
ロジェリオ
ジントニック、ギムレット、モスコミュールなどは1杯目にオーダーされることが多いです。もしそのお店のスタンダードカクテルがおいしくなかったら、ほかのカクテルがおいしくない可能性もある。だからまずシンプルなものをオーダーするのは、どういう店かを知る一つの手段だと思います。
野原
そういえばここ10年ほどで、「今日はフルーツ何があります?」と聞かれること、増えていません?
小栗
確かに。バーがフレッシュフルーツを置いているという認識がお客様の中に浸透しているかも。
ロジェリオ
昔はこちらからフルーツを置いていることをアピールしないと注文されませんでしたが、今はカウンターにフルーツを置いてなくても、当たり前のように聞かれます。
小栗
特に女性に多いですよね。あとは女性連れの男性ね。まずは男性が一人でいらして、「今度こういう女の子を連れてくるので、フルーツでこんなカクテルを出してあげて」と事前に打ち合わせをされて、後日デートで来る!みたいなシーンもたまにあります。
野原
自分がバーテンダーになりたての頃は考えられなかったですが、バーでもフルーツで四季を感じられるのはいいですよね。夏は桃、秋はブドウ。ザクロもいい例で、秋の終わり頃から冬にかけておいしくなるのですが、「そろそろザクロが出てきて、寒くなってきましたね」なんて会話も弾みます。
これやっちゃ、おしまいよ
バーで嫌われるアレコレ
小栗
注文といえば昔、「エキストラハードシェイクで!」とお願いされたことがあって。
ロジェリオ
え⁉どういうこと?
小栗
めっちゃハードにシェイクして!ってことだと思うんですけど、その言い方がちょっとかっこよかったので「かしこまりました!」って、めちゃくちゃハードに振りましたよ。あらん限りのシェイクで(笑)。
ロジェリオ
カクテルを作る時、「この銘柄を使って、リキュールの量はこのくらいで、アイスはベルモットで洗って、あ、そうじゃない……」とか、作り方を事細かく指定されるとちょっと困るかな。
小栗
注文の多いお客様、いますよね。例えばマティーニを頼まれても、うちの店のマティーニが飲みたいんじゃなくて、「俺のマティーニを作れ!」みたいなね。銘柄、作り方、ステアの回転数まで指定される方もいます。そこまでくると、逆にすごいマティーニ愛を感じて、ちょっと面白くなっちゃいます。
野原
作り方の指定はたまにありますね。「30:30:10で、ちょっと強めにシェイク」とかね。〈俺のマティーニ〉って店でも出せばいいのに。
バーで知っておきたい基礎知識
「ミクソロジー」
先端技術や新素材を組み合わせ、
全く新しい酒体験を開拓。
1990年代頃にロンドンで始まり、サンフランシスコ、ニューヨークへと広がり今では世界中のバーにすっかり浸透したミクソロジー。リキュールやフレーバーシロップではなく、フレッシュフルーツや野菜、ハーブなどを使い、スピリッツなどの蒸留酒と組み合わせて作るカクテルのこと。
「Mix(混ぜる)」+「Ology(〜論)」を組み合わせた造語で日本では「混酒論」と訳されますが、そこから派生して、現在では明確なルールがあるわけではありません。ちなみにミクソロジーカクテルを作るバーテンダーは、ミクソロジストとも呼ばれています。
液体窒素などの先端技術を積極的に織り交ぜた科学的アプローチと、通常のカクテルでは使われないような素材を自由に組み合わせ、味、香り、見た目にも趣向を凝らし、五感で味わう斬新なカクテルが次々と生み出されています。
バーで知っておきたい基礎知識
「技法」
カクテルの基本は、混ぜ。
混ぜ方次第で口当たりが激変。
混ぜる行為には、液体を冷やす、水分を出す、空気を入れる、と大きく3つの働きがあり、混ぜ方によって味わいが変わります。例えばマティーニを作るには、バースプーンなどで手早くかき混ぜるステアの技法を用います。酒同士を練り合わせるような感覚で混ぜるので、粘性が出て、口に含んだ時にトロッとした舌触りに仕上がります。シェイカーの中で氷と液体を混ぜ合わせるシェイクは液体を最も冷やす技法。
振ることで水分がよく溶け出し、空気も取り込むのでアルコール感が下がり口当たりが良くなる印象です。液体の移動距離を長くしてより空気を取り込めるのがスローイング。香りが引き立ち、スパイスを使ったカクテルにおすすめ。カクテル作りに欠かせない氷も、ロック、クラッシュ、フローズンと砕き方や硬さを使い分けることで飲み口のテクスチャーの違いを表現します。