研究者との意見交換から、新しいアイデアが生まれる
研究開発された新技術を、機能美といえるデザインにまで落とし込むのが、デザインチーム・上田隆之さんが担う作業。アシックスの研究員とデザイナーが他社と比べてより密接な関係にあることはテクノロジー編でも述べたが、果たして、どのような観点でもの作りをしているのか、真髄に迫る。
「基本的にアプローチの仕方は、建築や工業デザインに近いと思います。アシックスがスポーツブランドとして培ってきた技術や機能は絶対なんです。前提として、そこを失うデザインは、まず考えられません。研究者が開発した優れた新機能を、いかにデザインの力で人の興味を引くものとして結実させるか。そのヒントになるのが、先人たちが英知を注いだ歴代モデルです。1949年の創業時から現在までの資料がほぼ揃ったアーカイブホールが社内に設置されているなんて、本当に恵まれた環境でデザインに没頭できています」
本社にきれいに陳列されストックされるアシックスの歴史。受け継がれるデザイン哲学は、常に後継者たちの製品開発に生かされる。
「今季は『ゲル カヤノ 5』のモディファイを担当したのですが、その初代モデルを開発した榧野俊一さんが生き字引として現場で活躍しているのが、アシックスの財産ですね。25年以上前の誕生当初のことを本人に聞きながら、今の時代なりのアップデートを熟考できる。こういった新旧のデザイナーの交流があるのは、他社では珍しいことだと思います」
世代を超えた意見交換をしながら機能や歴史への理解を深める過程に、新たなアイデアを創出するヒントがたくさんあるという。
「どれだけ素晴らしいパフォーマンスを誇るモデルでも、実際に履かなければ実感できないことがたくさんあります。その点、デザインは視覚的に訴え、突き刺さるもの。もちろん、デザインだけが今っぽいというのは、私たちの靴ではありませんから、機能を生かしながら何をできるかが我々の勝負。
例えば、『ゲル ニンバス』は特徴である軽さとクッション性を連想できるように雲をデザインソースにしたり、『ゲル キンセイ』は画期的なソールを目立たせるためにゲル素材を剥き出しにしたりと、機能を視覚化するのも方法の一つです。そうやって、これまで何十足とデザインを担当しましたが、開発を終えて満足できたことは一度もない。日の目を見ることより、それが人にどんなインパクトを与えたか。リアクションがあって初めて、責任を果たせたと実感できるからです」
機能とデザインの相乗効果により生まれるアシックスの靴。ただ、近年のファッションのトレンドなど、スポーツメーカーを取り巻く環境は少しずつ変化し始めている。
「今や、パリコレのランウェイにスポーツメーカーのシューズが登場することは珍しくありません。アシックスでもここ数年、パフォーマンスシューズだけでなく、ライフスタイルに力を入れてきました。当然ながら、デザインに対する哲学は変わりませんが、これまでアシックスの歴史やテクノロジーを知らなかった人たちに、新しいきっかけを投げかけるチャンスだと捉えています。その一つが、数シーズン前からスタートしたキコ・コスタディノフや、ヴィヴィアン・ウエストウッドといったデザイナーズブランドとの取り組みです。これまでインラインではできなかったような、かなり尖ったことに挑戦しています。それもあってか、今ではコラボレーションモデルだけでなく、インラインモデルが多数のセレクトショップでも扱われるなど、徐々に新たな取り組みが広がりつつあります」
いまや、テクノロジーだけでなくデザインも高い評価を受ける。
「今後は、より靴自体の見栄えを意識することも必要になってくるかもしれません。まだまだこれからではありますが、アシックスとして過去に培ったさまざまな歴史を生かしながら、今まで触れることがなかった人へ向けても新しいデザインの扉を開いていきたい」
エポックメイキングなシューズとともに振り返る、アシックスの歴史
1980〜:海外進出を念頭に置きデビュー!
1990〜:アグレッシブな時代のデザイン
2000〜:ソールなど、機能を“見える化”