高水準でユニークな技術が次々に生まれる、開発の現場
兵庫県は神戸の学術研究施設を集めたニュータウン。その一角にある、コンクリート打ち放しの現代美術館のようなビルが、〈アシックススポーツ工学研究所〉。
メーカーの技術の根幹を担う大規模な実験・開発施設として、1990年に設置された。各分野のエキスパート約100名が1ヵ所に集まり、デザイナーと連携して、盛んに交流しながら、製品開発に汗を流す。ずらりと並ぶ、実験や検証をするラボと、特殊な機材。余りあるスペースでのびのびと開発に勤しむ研究者たち。建物の一角では、社員が実証実験のためにカメラの前を走り抜けていく。
アシックスの前身となるオニツカ時代から商品に関して、“機能性の向上と安全性の一貫した管理”を徹底している。どんなに優れた素材やデザインであっても、ユーザーの身を危険に晒すわけにはいかない。そのために、人間工学の研究はもちろん、材料開発、構造設計、生産技術の構築が重要となる。
そして、それらの試験や評価に至るまでをこなし、データとして蓄積していく。主に経験の積み重ねだけに頼っていた時代から、さらに成熟させ、今では明確に数値化した科学的な裏づけを欠かさない。シューズに必要な機能を、フィット性、クッション性、グリップ性、通気性、屈曲性、軽量性、安定性、耐久性の“8大機能”として定め、それらに関する人の感覚を人体応答として数値化し、独自のガイドラインとしている。
例えば、安定性を確かめる際は、体やシューズにセンサーを付けた動作実験を試行。約20台の赤外線カメラの前を走行することで体やシューズの動きを3次元でキャプチャーし、分析。人の運動動作を科学する“ヒューマン セントリック サイエンス”の視点が応用される。
また、試作品が競技用か、舗装道路用かに応じて実験走行する路面を用意したり、人工気象室で零下30℃の条件で機能評価を行うなど、様々な環境下において、想定した安全性と目的とする機能性が得られるまで検証を重ね、ハイパフォーマンスのための一足を形作っていく。
なかでも特筆すべきは、材料開発。専門的な研究所を社内に持つメーカーは多々あるが、基本的な構造設計、耐久実験、動作分析あたりが主な内容。ほかは外部の会社に委託するのが常識だ。しかし、アシックスでは成形加工室を備え、材料開発から自社で担う。ブランドの英知を結集した施設内では、垣根を越えてアイデアが飛び交い、革新的な製品が生み出されるのだ。
その象徴といえるのが、最新モデル「メタライド」。走行中のエネルギー消費を抑えつつ、安定性、クッション性といった複数の要素を高い次元で同居させた「ガイドソール」が肝。爪先は、スムーズな足運びをアシストする独特なカーブ形状に。
さらにトンネルのような横穴を開けて一部空洞化させることで、踵(かかと)から爪先にかけて体重移動をスムーズにし、走行中に足首の関節で消費されるエネルギーを約20%削減した。走行中に大きな役割を果たす、その大胆なデザインは、すべてテクノロジーありきで生まれているのだ。すでに「ライドシリーズ」として後継モデルが試作されるなど、研究開発に終わりはない。
製品化した技術は、途中失敗した研究過程も含めて、すべて社内で記録、保存される。このようなデータの蓄積もアシックスの強みだ。継承したものを、世代を超えて研究開発や技術革新に役立たせるのが狙いだという。
歴代のオリンピックメダリストもサポートしてきた。現役ではメジャーリーガーの大谷翔平やプロテニスプレーヤーのノバク・ジョコビッチをはじめ、世界で活躍するトップアスリートたちが厚い信頼を寄せる。動作実験で得た、契約選手の実験データは、彼らのオーダーシューズを製作するときだけでなく、一般消費者が着用する製品開発にも生かされる。
さらに、簡易に動作計測できる技術を、店頭タブレット端末にも移植。買い物前に走行フォームを撮影し、気軽にランニングフォームの分析やフォーム改善のための推奨トレーニングを提案する試みが一部直営店舗で始まったのだ。
研究開発に余念がないアシックス。生み出した技術をいかにデザインに転化していくか。常にテクノロジーとデザインはセットである。