独自の酵母から、新しい食の世界を追求
味噌や醤油、日本酒などの醸造が昔から盛んな秋田県で、独自のアプローチで食の世界の注目を集める人がいるという。そんな2人の発酵のニュースターに出会うため、まずは湯沢市の〈ヤマモ味噌醤油醸造元〉を訪ねた。
湯沢市の岩崎地区は、古くから味噌醤油の醸造が盛んだったエリア。7代目の髙橋泰さんは次々と新しいアイデアを形にしてきた。蔵に開いたカフェレストランでは、この蔵で発見され、「Viamver®(ヴィアンヴァー)」と名づけられた特殊な酵母を使った料理を提供している。
微生物や発酵を専門とする研究者の協力を得てこの酵母を分析し、その特性を引き出した料理なのだ。「調べたところ、一般的な味噌由来の酵母に比べて、旨味成分であるコハク酸を1.5倍ほど醸成することがわかりました。ヴィアンヴァーの酵母液に肉や魚を漬け込むことで軟らかくし、その旨味と酵母の発酵に必要な塩分で調味しています」と髙橋さん。
さらに、研究からヴィアンヴァーはほかの酵母より多くのアルコールを生むことが判明。これを酒造りに応用しているというのだから驚きだ。
「ワインの世界ではヴィアンヴァーのような酵母は腐敗菌とされて嫌われますが、ヴィアンヴァーを使ったオリジナルのワインを開発しました」。このナイアガラ種を使ったワイン「プロスロギオン」はクセがなく、料理との相性もいい。こうしてすべての料理とワインにヴィアンヴァーを使った単一酵母によるフルペアリングのコースが完成した。
5つのロケーションで味わう、体験型ディナーツアー
いよいよ、そのフルコースをいただくことに。写真ではすべての料理はお見せできないが、このディナーは通常のレストランスペースだけでなく、蔵の空間全体を使い、実に5ヵ所のロケーションで繰り広げられる。ファクトリーツアーとディナーを同時に楽しめる食の体験としてデザインされているのだ。
ディナーはまず諸味蔵からスタート。大正の年号がつき100年以上経過している木桶が並び、強い諸味の香りがする空間で、フィンガーフードと併せ発酵ワイン「プロスロギオン」をいただく。次に「初代の蔵」と呼ばれる蔵へ移動。歴史が堆積したようなこの蔵で2品目の前菜をいただき、レストランスペースへ。3品目はフレッシュな魚介3種にそれぞれどぶろくが添えられている。
「どぶろくをシャリとして、寿司に見立てました」と髙橋さん。どぶろくは、翌日に向かう男鹿(おが)の新進気鋭の醸造所〈稲とアガベ醸造所〉の水もとと、岩手県遠野市のオーベルジュ〈とおの屋〉のどぶろくを使用。髙橋さんは個性的な造り手である両者にヴィアンヴァーによるどぶろくを委託醸造し、成功。近々製品化予定だ。
その後もレストランでサラダ、魚のメインディッシュと続き、次に案内されたのは「幽玄席」という名の茶室。秋田とも関わりの深い建築家・白井晟一(せいいち)による「幽玄」の書にちなんだ茶室だ。魚と肉のメインの間に茶席が設けられ、スープとお茶が供されるというのも、なんともユニーク。
そしてまたレストランに戻り、肉のメインディッシュへと続く。このラムがまた絶品。臭みもなくジューシーでブドウとミカンを発酵させた2種類のソースが複雑な甘味と酸味を添える。最後は庭を見渡せる座敷で、デザートとデザートカクテルで締めくくられる。味覚だけでなく五感で感じる強烈な体験だった。
「酒の蔵など、垣根を越えて横断的にいろいろな人たちと組むことで、イノベーティブなことができる」
髙橋さんは、この敷地のすぐ近くの古い家屋を購入し、今後オーベルジュにする予定だという。彼のイノベーションはまだまだ止まらない。