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京都のハイカラな洋食4選。花街のお客に育てられた洗練の味

リゾート地・熱海でエビのコキュールやナポリタンを、京都の花街で芸妓さんのために作られたオムライスを、そして港町・神戸では、オーセンティックなデミグラスの濃淡を。3つの町で花開いた洋食文化を伝える、名店を巡る旅に出かけよう。この記事では、京都の洋食店4選をご紹介。

photo: Kunihiro Fukumori / text: Mako Yamato

口の肥えた花街のお客に育てられた洗練の味が揃う

脈々と受け継がれる伝統を大切にする一方で、新しいもの好きともいわれる京都人。明治時代に登場した洋食もいち早く受け入れられ、ハイカラな料理が人気を博したのは想像に難くない。祇園甲部に祇園東、宮川町、先斗町(ぽんとちょう)、上七軒と京都に5つある花街でも同様。

100年を超えて今に受け継がれる店もある。口の肥えた旦那衆を喜ばせる贅沢な店から、気取らない普段使いの店まで。共に味に間違いないのはもちろんのこと、食べ手と作り手によって料理が育まれてきたのが花街ならではだ。

宮川町〈グリル富久屋〉のフクヤライスは、一人の芸妓さんのリクエストから誕生した看板料理。祇園から先斗町、宮川町と場所を移してきた〈開陽亭〉の洋食弁当は、ナイフ・フォークではなくて箸で食べたいという注文に、店主が工夫を凝らして作ったもの。

祇園に店を構えていた頃の〈開陽亭〉の店内
祇園に店を構えていた頃の〈開陽亭〉の店内。花街らしい華やかさに溢れている。

〈洋食の店 みしな〉のご飯がお茶漬けなのも、祇園にあった〈つぼさか〉時代にできたスタイルだ。洋食に限らず花街では、誰それさんの注文でメニューになったとか、名物はお客さんのリクエストから始まったとか、耳にすることも少なくない。一方でサンドイッチやコロッケなど、総じて小ぶりに仕立てられた料理が多いのは、おちょぼ口の芸舞妓さんが食べやすいようにとの料理人の心配りから。

「できることはなんでもしますよ」と〈グリル富久屋〉の林寛さんの言葉が頼もしい。もちろんそれは作り手と食べ手の信頼関係があってこそ。外から足を運ぶ我々はメニューに昇華された料理で花街洋食を満喫したいものだ。

〈グリル 富久屋〉

花街とともに歩んできた、わがままも任せての懐の深さ

1907(明治40)年、初代の林鹿男さんが寺町で創業するも間もなく火事に遭い宮川町へ。以来、花街で愛され続けてきた老舗。店の名がついたフクヤライスをはじめ、クリーム仕立てのビーフコロッケや贅沢にコールビーフがたっぷり入ったメキシコサラダなど、ここだけの味が揃う。

「フクヤライスは昔、金鶴さんという芸妓さんが軟らかいオムライスに、カニやマツタケをのせてほしいと作ったもの。ほかの人も食べたいとなって、具をハムやトマトに替えて手頃な値段で出すようになったんです。60年くらい前のことかな。今でもみんな好きなこと言いますよ。バターライスに替えてやら、なんやら。花街あるあるですわ」と笑うのは4代目の林寛さん。

「けど、できることはなんでもやらせてもらいますよ」という。恩恵にあずかり、花街ならではの味を堪能したい。

京都〈富久屋〉フクヤライスとメキシコサラダ
気取らない味が嬉しい。フクヤライス980円。奥はメキシコサラダ2000円。

〈欧風料理 開陽亭〉

テリヤキのステーキも入った洋食弁当の先駆け

八坂神社門前の祇園石段下に創業したのは1915(大正4)年のこと。戦後に先斗町へと店を移して70年余り、2022年からは宮川町へ。京都に5つある花街のうち、3つを制覇してきた老舗を代表するのは、3段重ねの重箱に入った洋食弁当。海老フライにヘレの照り焼き、ビーフコロッケ、メキシコサラダと洋食店らしい楽しみが凝縮する。

「洋食だけどお箸で食べたいとリクエストされて、曽祖父にあたる初代が考案したもの。ところがヘレ肉のステーキにかけるドゥミグラスソースは冷めてしまうとおいしくない。そこで街を歩いていて閃(ひらめ)いたのが、みたらし団子のタレをヒントに作るソース。テリヤキソースの元祖といわれます」と4代目の別所正之さん。ソースにとろりと、とろみをつけたあんかけ仕立て。最後に山椒をひと振り。京都らしさをまとった名物だ。

京都〈開陽亭〉元祖・京の洋食弁当
元祖・京の洋食弁当2400円。フライはどれも品よく、軽やかに。

〈洋食の店 みしな〉

二寧坂へと移ってもなお、祇園町が育んだ味を守る

清水寺へ続く二寧坂にあると聞いて、花街じゃないと思うのは早計。路地奥にひっそりある〈みしな〉のルーツは、1948(昭和23)年に祇園・花見小路に創業した〈つぼさか〉だ。昭和の終わりに店を閉めるものの、閉店を惜しむ声が絶えることはなかった。さすが上品な料理とお茶漬けで締めるスタイルで、花街の旦那衆にも、谷崎潤一郎や水上勉らの文人にも愛されてきた店である。

そこで店を再開したのが〈つぼさか〉の厨房で腕を振るってきた三品寿昭さんと、創業者の娘である雅子さん夫妻だ。現在は息子の貴史さんが味を受け継ぐ。口にして広がる甘さとコクに驚かされるビーフシチューは、ブイヨンに100kgものタマネギを加え2週間かけて作るドミグラスソースが味の決め手。お茶漬けの前にご飯をシチュー皿に入れ、余すことなく拭って味わい尽くしたい。

京都〈みしな〉ビーフシチュー お茶漬け付き
昼のビーフシチュー お茶漬け付き3950円。季節のスープ付きは4950円に。

〈グリル 彌兵衛〉

端正という言葉がしっくり似合う、フレンチ仕込みの洋食を

北野天満宮の東の参道に広がる花街、上七軒。そこで唯一の洋食店が〈グリル彌兵衛(やへえ)〉だ。店主の山村敏夫さんは老舗フランス料理店で修業を積み、祇園のステーキ店を経て独立した経歴の持ち主。「上七軒のここが僕の生まれ育った場所。祖母がビリヤード場を営んでいたんです」と山村さん。

地元への愛情が、手抜きなしの料理へとつながっている。チョコレート色にツヤツヤと輝くデミグラスソースは2000年に開業する前から仕込み、継ぎ足し続けている店の宝物。

濃厚にして品よく、一滴たりとも残したくない味だ。京都牛ともち豚を店でミンチにして作る、旨味たっぷりのハンバーグ。鳥取産のカニ身を贅沢に使い、クリームよりもカニが多いのでは?と思うほどのカニクリームコロッケ。オーダーに迷ったらコンビネーションという嬉しい一皿が待っている。

京都〈彌兵衛〉ハンバーグステーキとカニクリームコロッケ
夜のメニューのハンバーグステーキとカニクリームコロッケ3080円。