Read

Read

読む

この頃は少し見えづらい「やさしさ」。それはどこにあるのかを探す9冊〜後編〜

自助、共助、公助。「自助」がまさかの先頭にあることに、今の日本社会の疲弊や痛み、余白のなさを感じ取った人もいたのではないだろうか。今の私たちは、「やさしくしたくない」わけではなく、「やさしくなれない」ように見える。ノンフィクションを中心に選んだ9冊の本から、その背景とこれからの可能性について、ライターMが考えてみた。

Photo: Kengo Shimizu / Text: Ryota Mukai

社会が先ではなく、“個人”が先にある。

偶然電車の席の隣に居合わせた、名も知らぬ人の人生にふと思い至った。それを教えてくれるのが『東京の生活史』。見知らぬ人の暮らしぶりや、不満や自慢、成功や失敗を面白く読めるのは、娘のある一言に救われたお母さんなど、パーソナルな持ちつ持たれつの関係性が垣間見えるから。

『東京の生活史』岸政彦/編
『東京の生活史』岸政彦/編
一般公募で集まった聞き手が、自身とゆかりがある、東京生まれ、東京在住者、やってきた人、出て行った人など、東京にまつわる人の暮らしを聞き書き。その語り言葉だけで構成された一冊。全150人のエピソードは、内容はもちろん、方言や言い回しの違いも読みどころ。ウェブでは筑摩書房の本書担当編集者、柴山浩紀による「『東京の生活史』制作日誌」が公開中。編者は社会学者で作家の岸政彦。筑摩書房/¥4,620。

損得や名声なんて関係ない、
誰かのために立つ人がいる。

時に孤独に耐え忍んだという話から、個人と社会の関係が気になって、『社会のしんがり』へ。しんがり、とは最後にとどまって退却する軍を守る人々のこと。この場合、社会の最後のセーフティネットを意味する。印象的だったのは「一番厳しい(状態の)人を見捨てる社会は、みんなが見捨てられていく可能性のある社会につながる」。

『社会のしんがり』駒村康平/編著
『社会のしんがり』駒村康平/編著
慶應義塾大学の講義をまとめた一冊。NPO法人や公務員など、地域の社会問題を解決するために尽力する人が毎回講師を務め、自身の仕事を語る。ホームレスや困窮者の支援に携わる奥田知志さんはじめ、11人の講義を採録。表紙はコウテイペンギン。子育てのときは大勢で円を作り、さらに円を外から内に移動して凍死を回避。“しんがり”の理想的な持ち回りだ。新泉社/¥3,080。

右肩下がりのこの国に、
政治ができることとは。

社会やシステムなど、もっと大きな視点で考えてみたいと『本当に君は総理大臣になれないのか』を取る。興味深いのは、政治家の仕事が変わりつつあるということ。これまでの“利権分配”から、今は真逆に、福祉をはじめ公共のために国民に負担をお願いすることが仕事になっている。だからこそ政治家への信頼がものを言うのだと。少なくとも旧来のような政治やシステムを続ける限り、やさしい社会を作るのは難しいだろう。

『本当に君は総理大臣になれないのか』小川淳也、中原一歩/著
『本当に君は総理大臣になれないのか』小川淳也、中原一歩/著
ドキュメンタリー映画『なぜ君は総理大臣になれないのか』で知られる政治家の小川淳也が自身の政策を語り、ノンフィクション作家の中原一歩がその生い立ちや政治生活を解説した一冊。元官僚で、今は立憲民主党に所属する衆議院議員の小川は「持続可能な日本にするための改革」を主張。「列島解放」など4つの軸と、「国民皆留学」はじめ22の具体的な政策案をわかりやすい語り口調で解説。講談社現代新書/¥924。

一人一人はやさしいのに、
集団になるとなぜ?

だが、やさしい社会への足枷は政治だけではない。『加害者家族バッシング』は、日本独特の「世間」が、自殺に追い込むほどの苛烈な加害者“家族”批判を生んでいると指摘する。「世間」とは“出る杭は打たれる”に代表される“ほかと違ってはいけない”という意味での人間平等主義であり、同調圧力である、と分析する。

「世間」は日本ではまだまだ強く機能しているフレームだが、民主主義社会の先駆者であるヨーロッパにもあり、代表的なものは“移民排斥”だろう。

『加害者家族バッシング 世間学から考える』佐藤直樹/著
『加害者家族バッシング 世間学から考える』佐藤直樹/著
世間学を専門にする現代評論家の佐藤直樹による本。日本独自の世間の特徴を、欧米における社会を引き合いに紹介。「社会」の契約関係は「世間」の贈与・互酬の関係に相当し、個人主義的に対して集団主義的、平等性に対応して排他性、といった具合。日本で実際に起きている、加害者家族バッシングの被害の詳細も掲載。世間から逃れるために重要なことは、「自分は自分、他人は他人」と考えること。現代書館/¥1,980。

民主主義の先駆者、
ヨーロッパはやさしい?

そこで『亀裂 欧州国境と難民』。国境には壁が立ち、地中海に浮かぶ船をまず難民ボートと疑う様子は、「世間」に似た不寛容で閉鎖的な状況を思わせる。日本、海外。確かに“やさしさ”は隅に追いやられているかもしれない。「そんなことはない」と言えるなら、それは自らや社会が誰かを排除したり、見下げたりしていることに気づかない、あるいは気づかされないように管理されたユートピアにいる可能性がある。

そんなことを頭の片隅に入れておきたい、と思ったのだった。

『亀裂 欧州国境と難民』カルロス・スポットルノ/写真 ギジェルモ・ アブリル/文
『亀裂 欧州国境と難民』カルロス・スポットルノ/写真 ギジェルモ・​アブリル/文 上野貴彦/訳
スペインの『週刊エル・パイス』のジャーナリストが、スペインの飛び地メリリャ、トルコ国境、地中海をはじめ、難民で溢れるヨーロッパの国境線を取材した記録。コミック形式だが、全755のコマはイラストではなく、取材中に実際に撮影された写真で構成されている。地域を分かつ壁や、シリアなどから集まる難民たちが暮らすキャンプなど、文字を追うだけではわからない、リアリティ詰まった一冊。花伝社/¥2,200。