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この頃は少し見えづらい「やさしさ」。それはどこにあるのかを探す9冊〜前編〜

自助、共助、公助。「自助」がまさかの先頭にあることに、今の日本社会の疲弊や痛み、余白のなさを感じ取った人もいたのではないだろうか。今の私たちは、「やさしくしたくない」わけではなく、「やさしくなれない」ように見える。ノンフィクションを中心に選んだ9冊の本から、その背景とこれからの可能性について、ライターMが考えてみた。

Photo: Kengo Shimizu / Text: Ryota Mukai

やさしさは時として相手を苦しめる。

やさしさにはいろんな形がある。例えば、“誰かを思いやる”。が、言うは易し、行うは難し。そう思ったのは『「愛」という名のやさしい暴力』を読んだから。タイトルの「やさしい暴力」とは、子供が生きにくさを感じるほど親が子供の世話を焼くこと。その原因の多くが、夫婦関係の破綻に親自身が目を背けているから、という指摘も鋭い。

他者を思いやる第一歩は、他者ではなく自身の問題に向き合うことなのだ。

『「愛」という名のやさしい暴力』斎藤学/著
『「愛」という名のやさしい暴力』斎藤学/著 木附千晶/構成
虐待などによりトラウマを抱えて育ったアダルトチルドレンやアルコール依存症の存在を日本に広めた精神科医、斎藤学による著書。現代の生きにくさについて、診察の経験を踏まえ、症例や当事者、またそれを支える家族についても具体例豊富に語る。テーマは、家族、母、虐待、非行、ワーカホリック、依存症など多岐にわたり、どれも2、3ページ程度とコンパクトにまとまっていて読みやすい。全65テーマ収録。扶桑社/¥1,430。

厳しさを排除した現代の“友人”関係。

が、自身を客観視することは難しく、むしろ身近な他者が教えてくれることも多い。そこで次に読んだのは『友人の社会史』。本書によると、友達になる/やめるが手軽な現代の友人関係は冷淡であり、友達とは“常に”いい関係でいるために、相手が気を悪くしそうなことは言わない傾向がある。筆者は迷惑をかけることを前提にした持続的な関係性こそが必要だという。

『友人の社会史1980-2010年代 私たちにとって「親友」とはどのような存在だったのか』石田光規/著
『友人の社会史 1980-2010年代 私たちにとって「親友」とはどのような存在だったのか』石田光規/著
孤立、無縁社会、ぼっちなどをテーマにした著作もある、早稲田大学教授の石田光規による著書。「友人は大事なもの」という認識は不変なのか?をテーマに、1984年から2018年の35年間に発行された朝日新聞と読売新聞から、「親友」というワードが入った9,154件の記事を抽出し分析。投書欄や高校野球の友情物語など、実際の記事を参照しながら、友人関係に求められるものを「役割」と「内面」に分けて解説。晃洋書房/¥2,640。

家族って最も難しい共同体かもしれない。

ならば、友人以上に近い存在である家族はどうだろう?と、『マザリング 現代の母なる場所』を。包容力があり我慢強い、といった母にまとわりつくイメージを解体し、さらにやさしさのヒントを教えてくれる。それは「尽くす」という言葉の解釈だ。“人のために自分を犠牲にする”というニュアンスが一般的だが、本書では「自身の成長のために次の限界を超えていこうとする気持ち」と説明される。

『マザリング 現代の母なる場所』中村佑子/著
『マザリング 現代の母なる場所』中村佑子/著
マザリングとは、「子供やその他の人々をケアし守る行為」。これをテーマに、映像作家の中村佑子が、母になった人やならなかった人、養子を迎え入れた人、父親などを取材。ゴダールやジュディス・バトラーを引きながら、ステレオタイプでない「母」を考察。インタビューには、美術作家のイケムラレイコ、エッセイストでシンガーソングライターの寺尾紗穂、情報学研究者のドミニク・チェンらが登場。集英社/¥2,420。

彼女たち一人一人に理由があるのだ。

が、誰もがそうそう前向きな気持ちで他者と関われるわけではない。そこで読んだのが、大麻や覚醒剤に染まった経験を持つ人々を描いた『薬を食う女たち』。結論から言えば、禁断症状を引き起こす薬漬けの状態ではやさしくあれない(当然だ)。

それより気になったのが、本に出てきた、依存者を利用して欲を満たす、売人や医師、家族の存在だ。彼女らを取り巻く狭いコミュニティもまた、やさしさを遠ざける原因の一つかもしれない。

『薬を食う女たち』五所純子/著
『薬を食う女たち』五所純子/著
共著の『1990年代論』はじめ、ポップカルチャーを中心に執筆する文筆家の五所純子が、ドラッグを摂取する女性たちを取材し、それをベースに書いた物語集。エピソードの合間合間に、登場人物の状況を解説する臨床心理士らのコメントが挿入される「こつこつ」や、“やさしくなるわたし……踏む、投げる、切る”と断絶した言葉の羅列が続く「蟻」など、リアルとフィクションが織り交ぜられた全12章。河出書房新社/¥1,892。