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ラランドのサーヤの“やさしさ”論「お笑いって本来、やさしさとは対極にあるもの」

やさしさに正解はなく、それぞれが自分なりの答えを育てていく。しかし、時に他人の考えを知ることは、自分の中の“やさしさ”を再発見し、進化させる契機にもなる。サーヤが考えるやさしさの定義とは。

photo: Shota Matsumoto / text: Emi Fukushima

「相手に関心を向けることって
この上なくやさしい行為だと思う

「お笑いって本来、やさしさとは対極にあるものだと思うんです」。そう話すのは、ラランドのサーヤさん。ユニークなキャラが効いたコント漫才で人気を博す一方、会社員との二足のわらじで活動を続ける独立独歩なお笑い芸人だ。最近、第七世代を中心に「人を傷つけない笑い」が話題だが、サーヤさんは、あくまでもブームの一環だと静観する。

「お笑いがカテゴライズされることには正直抵抗がありますね。ギスギスした空気感の毒舌がブームになると、もう少し穏やかな方向が求められる。それが飽きられるとまた口調がキツくなり……。大きな流行の波の中で、いまは“やさしいターン”なだけ。それが溢れたら溢れたで、鬼越トマホークさんみたいなピリッとしたお笑いが際立ってくると思います。結局、誰かの悪口って面白いんですよね(笑)。私たちのYouTube『ララチューン』でも結局、相方のニシダの悪口を言う企画が、再生回数が伸びるんですよ(笑)」。

支持されるのは、悪口そのものというよりもそれを受けてのニシダさんの即座の反応が楽しいゆえであろうが、「相手が言われても大丈夫かどうかの見分けがつかなくなったらダメ」とサーヤさんは付け足す。そして些細なことでも「炎上」するいま、ネタ作りでは神経をすり減らしている。

「大学時代は偏見まみれのネタばかりやっていました。思いついたことを言うだけだから簡単なんです」。そう語る彼女の意識を変えたのは、2019年のM-1グランプリ。

「私が子供の役で、芸能人にサインをもらうっていうネタがあって。“習い事のクリケットの時間だから、帰るわ”という私の一言に、“変な習い事だなあ!”ってニシダが突っ込むくだりがあるんですが、披露した後、クリケットをされている方からSNSでダイレクトメッセージが来たんですよ。“クリケットって変なんですか?”って。何かを馬鹿にしたら、その背後には少数であれ“人”がいることを知ることができたいい機会でした。全員に好かれるのは難しいですが、言いすぎないようにするとか、言い方をマイルドに変えるとか、意識を持つことは必要だと思います」

サーヤの”やさしさ”論

ネタ作りでは日々苦心する一方で、共に仕事をする周囲の先輩にはやさしい人が多いという。

「私たちくらいの若手の頃に逆風を味わった方って、MCになってもその時の苦さがわかってるからか、スベらせないようにしてくれるんですよね。千鳥のノブさん、かまいたちの濱家さんは特にそう。ネタではなく人間性でどこまで面白くするか、話を引き出して深掘りしてくださるので、助けていただいています」

そしてそのやさしさは、お笑いの本場・大阪でも感じたことだ。

「大阪ってお笑いを見る目が厳しいと散々言われてきたんですが、いざ関西の番組に出ると、皆さんしょうもないエピソードも深掘りしてくれて。例えば、ニシダが母親から“一族の恥さらし”と言われた話をしても、“え〜最悪じゃん”で終わるのではなく“すごいこと言うお母さんやなあ”ってどんどん話を広げていく。そんな風土もしっくりきて、今年3月に大阪に進出することを決めました」

突き放すことなく、その人自身の面白さを掘り起こしてくれる。先輩芸人であれ、大阪の笑いであれ、共通するのは「人に関心を向けているということなのかな」とサーヤさん。

「私自身、人とは狭く深く関わるタイプで、意識的に関わる人を絞ってしまう。キャパシティがないんですよね。無関心がいちばん良くないなと日々反省しています。それで言うと(笑福亭)鶴瓶さんって最高にやさしい人かも!先日もトーク番組『A−Studio+』を観ていたら、ゲストの女優さんの友達とめちゃくちゃ楽しそうに話していて。赤の他人なのに(笑)、不思議でした。初めて収録でお会いした時も、ニシダの日頃の怠慢に自分の親並みにキレてくれて。“あかんでお前!サーヤ働いているのに”と(笑)。とてつもなくやさしいですよね」

サーヤさんの周りにはやさしさが溢れているようだが、身近にやさしくない人はいるのだろうか。

「ニシダですね。やさしいオーラは出してるんですけど、あいつは冷酷な人間ですよ(笑)。現場でよくスタッフさんたちと会話しているんですけど、聞いてるとものすごくうわべのやりとりをしていて(笑)。相手に興味がないから、ポンポンとラリーができるんだろうなと」

と言いつつも、そんなニシダさんを理解し、イジリ続けることこそ、彼女のやさしさではないだろうか。