「感染症や戦争など、悲劇的な状況の中、誰かに向けてしゃべるとしたら“これから、どう生きていこうか?”ということがテーマになっています。本当の気持ちを言うと、この2年間、僕自身はさまざまなスタジオでの制作に携わり、かなり忙しかったんですが、ライブに関わる仕事に就いている人たちと話していて、みんながいかに大変な状況にあるのか実感しました。
僕個人、少しズレていたというか。今まで当たり前に思っていた社会の秩序は、実はすごく危ういところで成り立っていて、それが崩れたと気がついた。悲観的になるよりも、これから先のことを描こうと思ったんです。例えば、メッセージ性の強いフォークソングのバックがEDMだったとする。そうすると、言いたいことなんて耳に入ってこないと思って。僕はよく楽曲をお弁当箱に譬えるんですが、今回は明確にメッセージを伝えるため、おかず的なトラックの量を減らしたんです。リズムレスの曲が多いのは、その結果ですね」
アイスランドで体験したSF的な世界
レイキャビクでの制作には、現地のカリタスやラケル、オランダのベニー・シングスらをボーカルに迎えてレコーディングを敢行。その後、東京制作ではバイオリニストの石上真由子など、クラシックの最前線で活躍する音楽家が参加。
「コンセプトは“すべてが壊れちゃった後”なので、知らない土地の方がいいなと思ったんです。友達と会えなければ、馴染みのお店もない。それどころか人自体が歩いていないような街(笑)。
ヨーロッパでも、スカンジナビアでもない不思議な街並みで、夏至の時期で白夜のため、ずっと明るい。なんか火星にでも来たような気分で。すごいところまで来ちゃったけど、とにかく前進するしかないと。環境が影響した部分も大きいかな」
静かではあるが、平和で、ポジティブな情景が、映像的に想起できるアルバムだ。その半分近くはストリングスを伴ったインストゥルメンタル曲で構成されている。どこか映画のサウンドトラックを想起させる。劇伴制作の影響だろうか。
「映画の仕事は、自分の音楽を出すというより、注文や制約の中でどうやって作っていくかが、面白い作業です。実写作品の場合、ある程度完成した映像を観ながら曲をつけていきますが、映像にはテンポトラックといって、仮に監督がイメージした雰囲気の既発曲が入っていたりして。なるべく近づけるよう、自分なりに作りますが、たまに、手を施せないほど完璧に合っている時もあるんです(笑)。
映画『メッセージ』の劇中音楽を手がけたのはヨハン・ヨハンソンですが、仮でついていたマックス・リヒターの曲はそのまま使われたということもあります。それから音楽をつけるのは最後。映画館を模したダビングステージという場所で、映像と音を合わせて、バランスを取るんです。派手な戦闘シーンなどでは、劇伴と効果音がかぶらないよう、ギリギリまで調整して。大変な作業ですけど、映画に携われるのは嬉しいですね」
気の遠くなる作業だが、ポジティブな姿勢で向かっている様子。もともと映画好きだというYaffleだが、『After the chaos』制作に影響を与えた映画や劇伴はあったのだろうか。
「直接的ではないけど、最近好きなのはルドウィグ・ゴランソンかな。『テネット』(2020年)では、タイムリープや逆回転という複雑なテーマに対し、見事なスコアをつけていて。あの実験的かつ重厚な劇伴を書いた後で、トラヴィス・スコットを呼んで歌わせるなんて、現代では彼しかできないでしょうね(笑)。
映画としては『メッセージ』みたいに、最高でも最悪でもないエンディングが好きですね。すったもんだあって、予期せぬ方向へ行き着いたけど、それでもポジティブに生きていくというような。僕個人の人生観でもありますけど。SFではないけど、今パッと『ゴールデンスランバー』(10年)も思いつきましたので、挙げておきます」
Yaffleに影響を与えたサウンドトラック2枚
『メッセージ』オリジナル・サウンドトラック
ヨハン・ヨハンソン
『TENET テネット』オリジナル・サウンドトラック
ルドウィグ・ゴランソン