ジャズは音楽というよりはプラットフォームのようなものだ、と言った人がいる。ジャズの理論や技術は「ジャズ」という枠組みを規定する縛りではなく、自分らしい音楽を作るためのツールだ、という考え方だ。ツールとしてのジャズを効果的に使えば、ロバート・グラスパーやサンダーキャットのようにヒップホップの中でも存分に自身を表現することができる。だからこそジャズは世界中に広まった。
そしてミュージシャンたちはそれぞれの土地でその土地の文化に合った表現を生み出し、その土地ならではのジャズを作り上げた。アフリカにも南米にもアジアにも独自のジャズがある。それもジャズの魅力の一つだ。
世界に散ったジャズの種が、開花の時を迎えている
イギリス
現在、最も注目されているのはイギリスのシーン。2010年代後半からアフリカ系やカリブ系の移民たちを中心に新しい世代がシーンを活性化させ、イギリスらしいジャズが次々に生まれている。ヌバイア・ガルシアやシャバカ・ハッチングス、エズラ・コレクティヴといった主要ミュージシャンはすでに来日を果たしているが、次に来日が望まれるのはスティーム・ダウンだろうか。
彼らはロンドン南東部の〈Matchstick Piehouse〉というベニューを拠点に活動しているが、そこでのライブは連日満員。アフロビーツやグライムの影響を消化したハイテンションなサウンドに、観客は踊りまくり&歓声上げまくり。およそジャズとは思えないテンションで盛り上がっている。ロンドンのジャズの活況をここまで鮮やかに体現しているグループは、ほかにいないだろう。
南アフリカ
ロンドンとのつながりが濃密なのが南アフリカ。60年代からジャズが盛んなアフリカ最大のジャズ先進国であり、イギリスのジャズにも多大な影響を与えてきた。南アフリカのジャズは21世紀に入ってからもレベルが高い。そのシーンのリーダー的存在がピアニストのンドゥドゥゾ・マカティニ。超スピリチュアルなジャズを奏でる彼の作品をリリースするために、名門ブルーノートがブルーノート・アフリカを設立したほどの存在だ。彼の周辺のミュージシャンをチェックすれば、南アフリカのシーンがかなり見えてくる。
ブラジル
ブラジルのジャズの進化も興味深い。アメリカの最先端の技術や理論を取り込むだけでなく、アフリカ系ブラジル人たちがBlack Lives Matter以降の状況にも共振し、独自のジャズを生み出している。アフリカ系の人口が多いブラジル北東部では、彼らの伝統由来のリズムや楽器を取り入れたジャズを演奏するミュージシャンが増えている。ピアニストのアマロ・フレイタスもその一人。アマロはすでにイギリスのレーベルからデビューしていて、このシーンは世界の注目を集めつつある。
韓国
最後にアジア。Kポップが世界を席捲する韓国のジャズのレベルが高くないわけがない。おそらく世界のジャズ作曲家の中でポスト挾間美帆に最も近いのは、韓国出身のジヘ・リーだろう。作編曲の素晴らしさは言うまでもないが、セウォル号沈没事故をテーマに曲を書くなど、社会的なメッセージを音楽で表現する姿勢も高い評価につながっている。近年ではほかにも、香港のアラン・クワン、台湾のチェンチェン・ルーら、才能あふれるミュージシャンが出てきている。20年代はアジアのジャズの、さらなる台頭がありそうだ。