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世界のドーナツ的揚げ菓子大全

オーブンがまだ普及していない時代、生地に火を入れる手段は、焼くか、揚げるか。生地を油で揚げるという手法は、古代エジプトにすでに存在しており、西欧や中東、インド、中国などには古くから続くドーナツ的揚げ菓子がある。それが交易や移民などによって様々な形で各地に広がり、現地の食材と結びついて、祝い菓子や定番おやつとして根づいてきた。ドーナツ的揚げ菓子の地理的分布を俯瞰すると、素材の違いや共通点が見えてくる。

illustration: Shinji Abe (karera) / text: Yuko Saito

東欧

チーズやヨーグルト入りが各地に

ルーマニアのパパナシ(1)、リトアニアのスポルガ(2)は、カッテージチーズ入り生地を揚げたもの。ブルガリアのメキツァ(3)は、ヨーグルト入りの生地だ。クロアチアやセルビア、スロベニアには、ドイツのクラプフェン由来でクロフネと呼ばれる発酵生地にジャムなどを詰めたドーナツがある。ポーランドでは同様のものがポンチキと呼ばれる。

中央アジア〜ロシア

多彩な食べ方で広がる発酵ドーナツ

カザフスタン発祥の、発酵生地を丸や三角に揚げたバウルサク(4/ボールソク、ボルサックとも)が、一帯に広がる。キルギスではバターや蜂蜜につけ、モンゴルではお茶に浸すことも。ロシアにはプイシュキ(5)、ポンチキと呼ばれるベニエのように軽いリング形や、ボール形のチーズ入りがある(ポーランドのポンチキとは別物)。

中国〜東アジア

古代から伝わる中国の菓子が広がる

中国には古代から独自の揚げ菓子があり、東アジアに広がっている。小麦粉、またはもち米の生地を縄状に揚げた麻花は、古代王朝時代から続く菓子で、ふわふわの大麻花(6)、クルミを練り込んだものなど味も食感も多彩。チュロスの元祖とされる塩味の細長い油条(7)は、麻花が大衆化したものとの説も。韓国には、麻花に似たもち米生地のクァベギがある。沖縄のサーターアンダギーは、白ゴマをまぶした中国の菓子、開口笑(8)が琉球王朝時代に伝わったとされる菓子。

東南アジア

小麦粉が乏しい地域ならではの生地

カンボジアには、もち米とココナッツミルクを練ってリング形、丸形に揚げたノムコン(9)、ベトナムにはもち粉生地に緑豆あんを詰めたバインザン(10)が、タイにはサツマイモとタピオカ粉、ココナッツミルク生地のカノム・カイ・ノッククラター(11)がある。

地中海・西アジア

蜜をかけた原型に近い形が今に残る

揚げた生地に蜂蜜やデーツの蜜を絡めたり、シロップに浸して仕上げるものが多い。ギリシャのルクマデス(12)は、古代の揚げ菓子ハチミツ・トークンがルーツとされ、ボール状の発酵生地を揚げ、蜂蜜とシナモンをかけたもの。アラブ沿岸諸国に広がるルゲマートも、イスラム・アッバース朝時代のルクマ・アル=カーディーに由来し、カルダモン&サフラン風味の生地に、デーツの蜜をかける。

トルコのロクマは、ボール状に揚げた生地を砂糖のシロップにドボンと漬けたもの。リング状に揚げてシロップ漬けにしたハルカタトゥルス(13)もある。サトウキビ由来の砂糖を発明したインドになると、小麦粉生地の丸いグラブ・ジャムンもヒヨコ豆のブンディ・ラッドゥも、揚げ菓子はほぼ甘いシロップに浸すか、絡めてある。

アフリカ

おやつはもちろん、朝ご飯にも!

ケニアやタンザニアでは発酵生地を主に三角形に揚げたマンダジ(14)が朝食の定番で、ボフロットの名で西アフリカ諸国にも広がる。コンゴでは、ヤシ油で丸く揚げたミカテ(15)がポピュラー。南アフリカには、シロップ漬けの三つ編み型コークシスター(16)も。

中南米

スペインから伝来し、野菜を混ぜて定着

大航海時代にスペインからチュロス(26)やブニュエロが伝わり、現地の名産と結びついて定着。ペルーにはブニュエロがルーツの、高価な小麦粉の代わりにカボチャを混ぜて作るピカロネス(17)がある。

チリの平たいソパイピラ(18)もカボチャ入り。ブラジルの揚げ菓子ボリニョデチュバ(19)には生地にニンジンを混ぜたものも。アルゼンチン、ペルー、メキシコなどではチュロスの中心に名物のミルクジャムを詰めるのが、キューバではコンデンスミルクをかけるのが人気。

アメリカ

欧州の菓子が、移民によって各地に

オランダのオリボーレンが元祖とされるドーナツはじめ、ニューオーリンズにはフランス移民が伝えたベニエ(20)、ハワイにはポルトガル移民によるマラサダ(21)が根づく。中西部ではポーランド移民のポンチキが人気で、“ポンチキの日”がある。

北欧

揚げ菓子もやっぱりカルダモン風味

カルダモンが多用されている。フィンランドでは、発酵生地にその風味をつけて丸く揚げたムンッキが定番。アイスランドはじめ、デンマーク、ノルウェーにもあるねじった揚げ菓子クライナー(22)もカルダモン風味。

北欧のお菓子クライナー
(22)クライナー

西欧

4つのタイプの揚げ菓子が発展

ドイツ、オーストリアでは、ベルリナー・プファンクーヘン、ベルリナー、クラプフェン(23)などと呼ばれる、丸い発酵生地にジャムを詰めたものがポピュラー。古くから続く菓子で、大晦日、キリスト教の四旬節前のカーニバル期に食べられる。イタリアに伝わり、カスタードクリームを詰めたボンボローニに、ポルトガルでは卵クリームを詰めたボーラ・デ・ベルリンになった。

オランダ、ベルギーには、発酵生地にカシスやレーズンを混ぜてボール状に揚げた、ドーナツの元祖とされるオリボーレン(24)があり、これも古くから続く菓子。フランスでは、シュー生地を油に落とし、生地から出る水蒸気の力で膨らませた揚げ菓子ベニエが。一口大に揚げて粉糖をまぶしたペ・ド・ノンヌ(25)も知られているが、ドイツやイタリアにもこの生地を使った揚げ菓子がある。

スペインにはオリボーレンやペ・ド・ノンヌに似た、発酵生地やシュー生地を揚げたブニュエロがあるが、それらをしのぐ人気がチュロス(26)。粉と水、塩で作った生地を、星形の絞り型で油に落として作る菓子で、中国の油条がルーツともいわれる。